国産ホットハッチといわれて、ホンダ シビックを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。今回紹介するEF9型シビックは、ハッチバックのみならずライトウェイトスポーツにおいての地位を確立するきっかけになったモデルです。高回転で響き渡る心地よいVTECサウンドと運動性能の高さが、多くのファンの心を掴みました。
シビックとして初のVTECを搭載した、EF9の歴史と魅力をたっぷりと紹介します。
国産ホットハッチ最強のEF9
グランドシビックの愛称で呼ばれるEF型シビックのうち、EF9は特に注目を集めたモデルです。可変バルブタイミング機構を同クラスでいち早く取り入れ、VTECの実力と名前を世間に知らしめました。
まずは、EF9の誕生やVTECの高いパフォーマンス、レースでの結果を振り返ってみましょう。
EF9はシビック初のVTEC搭載車種
1987年に4代目として登場したEF型は、半世紀以上続くシビックの歴史のなかでも特にエポックメイキングだったモデルです。モデルチェンジから2年後の1989年に、シビック初のVTECエンジンを搭載したEF9が追加されました。
VTECエンジンは、今やホンダの代名詞ともいえるハイパフォーマンスエンジンです。バルブタイミングとリフト量の可変機構によって、高回転での出力と力強い低中速域の加速を両立しています。VTECが初めて搭載されたのは2代目インテグラで、発売はEF9登場と同年の1989年です。つまり、ホンダはシビックへの搭載も強く意識して、VTECの開発を進めていたのではないでしょうか。
シビックの地位を一気に高めたVTEC
EF9に搭載されたエンジンは、1.6L直列4気筒の名機B16A型です。可変バルブタイミング機構のVTECを備え、最高出力160ps、最大トルク15.5kg・mという、現在のスポーツモデルと比べても見劣りしない圧倒的なスペックを誇ります。わずか990kgの車重(SiR)ということもあって、まるでターボ車のような爆発的な加速力を体感できました。VTECを搭載したEF9によって、単なる大衆車だったシビックは国産最高峰ホットハッチとしての地位を確立したといえます。
VTECとは、給排気バルブの開閉タイミングとリフト量を変えることで、エンジン特性を劇的に変化させる可変バルブタイミング機構のことです。具体的には、バルブを動作させるカムを一定回転数以上で切り替えることで、チューニングエンジン並みのパフォーマンスを実現しています。他社の同クラスでもさまざまな可変バルブタイミング機構が採用されますが、いずれも1990年代以降だったこととVTECほど過激な挙動をするエンジンはありませんでした。
レースでの活躍によってさらに人気を集めた
EF9は、市販車ベースのグループAで争われるJTC(全日本ツーリングカー選手権)に登場翌年の1990年から参戦します。当初はVTECを搭載していませんでしたが、信頼性が確立されるとすぐにVTECを投入。2位のトヨタを6ポイント差で退けて、参戦初年度からメーカータイトルを獲得しました。
2年目の1991年にもメーカータイトルを獲得し、2連覇を達成。さらに、同年にはドライバーズタイトルも獲得しました。速さと信頼性の高さを過酷なレースで証明したことも、EF9の人気が高まった理由です。
EF9に詰め込まれたホンダのこだわり
数あるホンダ車のなかでもっとも長く同一車名のまま販売され続けているシビックは、ホンダにとって特別なモデルです。とりわけ、今やシビックの代名詞ともいえるVTECを初めて搭載したEF9には、ホンダのこだわりが詰め込まれていました。
後のタイプRにもつながったといわれる、EF9のこだわりポイントを2つ紹介します。
EF9に設定された2つのグレードSiRとSiRⅡ
EF9には、SiRとSiRⅡの2種類のグレードが設定されています。名称だけを見ると単純にSiRⅡのほうが後から登場した発展型という印象を受けますが、実はこの2グレードは同時に投入されました。
SiRⅡは最上位グレードらしく、パワーウィンドウや電動ミラー、電動サンルーフやABS(オプション扱い)といった豪華装備が備えられていました。一方のSiRは、パワーステアリングすらついていないという、最上位グレードとは思えないほどの簡素な仕様です。
しかし、実はこのSiRの存在こそがホンダのこだわりの現れで、競技車ベースとして設定されていました。SiR最大の特徴は車重の軽さで、1,050kgに達するSiRⅡの車重に対して、余計な装備を極限まで削り落とした結果わずか990kgに抑えられています。ホンダが誇るVTECエンジンの実力を最大限に感じてほしいという、開発側の意図が込められているのでしょう。
タイプRにつながる系譜の源流
実は、EF9こそが、8年後に発売された初代シビック タイプRの基礎を作ったといわれています。エンジンはEF9に搭載されたB16A型の発展型で、ダブルウィッシュボーン方式という足回りもEF型へのモデルチェンジ時に採用されたものです。さらに、EF9の登場に合わせて、ボディワークにも変更が加えられています。
EF9のデザインでもっとも大きな変更点は、フロントバンパーやヘッドライトの形状だといわれています。しかし、ボンネット形状の変更こそが、EF9の特徴だといえるでしょう。従来は左右のフェンダーからつながるラインに対して、ボンネット中央部が凹んだ形状になっていました。しかし、EF9では、中央部のほうが盛り上がったデザインに変更されています。エンジンヘッドの大きい、B16A型エンジンを搭載するためだったといわれています。また、先代から続いていた、ボンネット左端のパワーバルジも廃止されました。
初のシビック タイプRの型式名も、EF9からの系譜であることを示唆しています。シビックで初めてタイプRが設定されたのは、6代目のEK型でした。EK型タイプRの型式はEK9、EF9と同様に「9」が割り振られています。EG型の最高グレードSiRⅡの型式がEG6だったことを考えると、EK9型タイプRはEF9の系譜を直接引き継ぐモデルだといえるのかも知れません。
混沌とした時代に明確な立ち位置を確立した名車
1990年代のライトウェイトスポーツの代表車種としてシビックが定着したのは、間違いなくEF9が大きな功績を残したためです。トヨタ レビン/トレノやMIVECエンジンが話題だった三菱 ミラージュといった強豪がひしめくなかにあって、圧倒的な実力差を見せつけました。後のEG6やEK4、そしてタイプRのEK9が成功したのは、EF9で実現したVTECの爆発的な加速力があったからこそでしょう。
EF9は、クルマの歴史的価値を認める旧車ファンのみならず、競技車輌を求めるモータースポーツ愛好者からも高く評価されています。設計の古さは否めませんが、軽い車重とシンプルなボディ構造から、チューニングベースとして最適なモデルです。ホンダVTECの元祖ともいえるEF9シビックの加速力を、機会があればぜひ一度味わってみてください。
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