「バックヤードビルド」文化が脈々と受け継がれ、レストアが日常にあるニュージーランドの旧車文化とは一体どんなものなのか。
その一端を伝えるべく、去る2023年4月23日、オークランドにて開催された旧車イベントをレポートしたい。
4月下旬は、夏時間(Daylight Saving Time)を終え、日照時間が短くなり、落ち葉が地面を美しく彩り始める季節。
いわば日本の10月頃だと思えばよいだろう。
会場のところどころに出店した、コーヒーや軽食のフードトラックの前には行列ができ、のどかな時間が過ぎる秋のフェスティバルの様相だ。
曇り空ではあったが、雨がぱらついたのも一瞬で、奥さんが持たせてくれた昼食のお弁当を食べたころには晴れ間がのぞくなど、十分に合格点を与えられる天気だった。
なお、今回の記事においては、定義が曖昧な「クラシックカー」、「ネオヒストリックカー」などといった呼称をあえて使わず、全編を通じて「旧車」と表現させていただく。
■半世紀以上の歴史を誇るイベント
1972年から続く「Ellerslie Car Show(エラズリー カーショー)」は、ニュージーランドの旧車好きにとって、目玉イベントだ。
毎年2月の第2日曜日に開催されることが通例になっているが、第51回目となる今回は、サイクロン「ガブリエル」を受け、4月23日に延期されての開催となった。
洪水の様子は、日本のメディアでも報道されたので、ご記憶の方も多いだろう。
さらに、昨年はコロナ禍で中止となったので、実に2年ぶりの開催であり、ファンや関係者にとっては「感慨もひとしお」だ。
近年はオークランド・エラズリーのサラブレッドのレースが行われる競馬場「Ellerslie Racecourse」を会場として利用している。
今現在は、レーストラックの改修工事を行っているため、競馬はおこなわれていない。
■旧車コンクール/競技会の概要
ショーの中心となるのは、「The Intermarque Concours d'Elegance(インターマーク コンクール デレガンス)」という旧車の出来栄えの優劣を争うコンクールで、審査/採点は、ボディパネルやエンジンなど多岐におよび、国際基準に準拠し、極めて総合的である。
競技部門は以下の4つ。
⦁ チームイベント(Team Event)
⦁ マスタークラス(Master Class)
⦁ サバイバークラス(Survivor Class)
⦁ 50-50-50
「50-50-50」を除くコンクール出展車輌は、パレードリング/ステーブル(日本では「パドック」と呼ぶ)に並べられ、審査がおこなわれる。
会場に来る前は、「なんで競馬場?」と疑問に思っていたが、パドックはコース入場前に競走馬が「きゅう務員」にひかれてゆっくりと歩いてまわり、競走馬を落ち着かせるだけでなく、馬体の状態などをじっくりと確認する施設。
クルマはいわば「現代の馬」と思えば、妙に納得がいく。
チームイベントは「チーム戦」、マスタークラスは「個人戦」であり、出展するカークラブが、出来の優れた車輌2台で勝負するのか、他を圧倒できる強力な1台で勝負するのかという違いだけで、採点システムは同じである。
ご想像のとおり、どちらに出展するかという判断には、クラブ同士の駆け引きがある。
なにしろ、同一車輌の2度目の出展は許されないのだ。
それだけに、これに賭けるレストアラー(修復士)の想いは凄まじい。
結果、出展車輌はとてつもなく綺麗だ。
▲1967年式 ポルシェ「911」(チームイベント1位 ポルシェ・カークラブ)
▲1979年式 マツダ「RX-7」(チームイベント2位 ジャパニーズ・ノスタルジック・カークラブ)
▲2000年式 マツダ「RX-7」(チームイベント2位 ジャパニーズ・ノスタルジック・カークラブ)
▲2004年式 マツダ「ロードスターRSクーペ」(マスタークラス4位)、 1973年式 フォード「ファルコン GT」(マスタークラス1位)
サバイバークラスの勝者は、「ベストサバイバー」と呼ばれる。
その名が体を表すとおり、レストアされていないことが参加条件で、古ければ古いほど、原型を維持していれば維持しているほど、加点が多く入る採点システムになっている。
なお、製造から35年以上経過したクルマだけが参加できる。
▲1982年式 ホンダ「プレリュード」(サバイバークラス5位)
「50-50-50」は、出展者は50歳以下、車輌も50歳以下、さらに総費用も50千NZドル以下という制限が設けられ、将来のレストア後継者を育成することが目的といえるカテゴリー。
採点の特徴として、車輌底面とオリジナリティ(原型への忠実性)は対象外となっている。
イベントの継続やレストアの将来を見据えた非常に有益なカテゴリーだと感じた。
▲1988年式 ダットサン「サニートラック」(50-50-50部門 1位)
▲1984年式 ホンダ「シティ R」(50-50-50部門 4位)
なお、コンクール結果の詳細は、運営サイトに掲載されているので、そちらをご覧いただきたい。(https://www.concours.org.nz/concours-delegance.html)
■「クラブ展示」という名の世界旅行
コンクールを周りから支えるのが、クラブ展示(Club Displays)だ。
80を超える参加クラブが、今回のテーマ「The World of Wheels」にちなんで、国別展示をおこなった。
会場を歩くことで、各国を周遊する世界旅行となる訳だ。
これも競技であることから、民族衣装や食も含めた各国のプレゼンテーションも加わり、栃木県にある東武「ワールドスクウェア」のクルマ版とも考えられ、とても楽しかった。
以下、その全てを網羅はできないが、ぜひ、世界旅行の感覚を味わっていただければ、嬉しい限りだ。
●イギリス(United Kingdom)
イギリス植民地だったという歴史も影響し、もっともエリア面積が大きく、扱いブランド数も他を圧倒していた。
世界一美しいクルマとも評されるジャガー「Eタイプ」、BMW傘下で復活するという噂のトライアンフ、「ボンドカー」の常連アストン・マーティン、シティーハンター(冴羽 獠)やミスター・ビーンの愛車でもあるローバー「ミニ」など、とにかく展示台数が多い。
個人的には、フォード欧州が製造販売し、80年代後半にツーリングカーレースで世界的に活躍した、シエラのスポーツモデル「シエラRSコスワース」がハイライトだった。
▲1967年式 ジャガー「Eタイプ」
▲オークランド・トライアンフ・カークラブ
▲アストン・マーティン・オーナーズクラブ
▲ミニ・カークラブ・オブ・オークランド
▲フォードRS・オーナーズクラブ
●フランス(France)
エリアに入るや否や、クルマのデザインや色合い、またその佇まいから、気品やオシャレな印象を受けるのだから、文化とは不思議なものだ。
車高の落ちたハイドロ系のクルマも異彩を放っていたが、2CVの可愛さが際立っていた。
▲シトロエン・カークラブ・オークランド
▲1989年式 シトロエン「2CV6 Special Dolly」
●イタリア(Italy)
エリアに入ると最初に感じたのは、単純だが「赤い」ということだ。
フェラーリやランボルギーニには、屋根付きの特設展示エリアが設けられていた。
当然のことながら、やはり敷居の高さは特別だ。
▲アルファ・ロメオ・オーナーズクラブ/ ランチア・レジスタNZ
▲ランチア「デルタHF 4WD」
●スウェーデン(Sweden)
ボルボといえば、「戦車のように硬くて安全」を売りとする、その無骨なイメージがあったのだが、1960年代にこんな流麗なクーペを製造していたとは知らなかった。
▲ボルボ P1800クラブ
▲1989年式 ボルボ「240GL 2.3Litre」
●ドイツ(Germany)
メルセデス、BMW、ポルシェ、VW、アウディなど、日本でも見慣れたブランドばかりで、ここでもイギリスの次にエリア面積が大きい印象だ。
ドイツ車は、筆者自身も所有経験があり、300kmを超えるようなドライブ旅行(グランドツーリング)を前に選択肢があるのであれば、間違いなくドイツのステーションワゴンを選ぶだろう。
個人的には、トランスアクスルを使い、重量配分の最適化を図ったFRポルシェと、スキーのジャンプ台を駆け上がる衝撃的なTVコマーシャルや、WRCに4WDの時代を持ってきたアウディ「クワトロ」が大好きだ。
▲ポルシェクラブNZ
▲1989年式 アウディ「Ur-クワトロ」
●アメリカ (United States)
超大国のアメリカといえば、やはり、ハリウッド映画やテレビドラマで活躍する姿を見るたびに欲しくなる、フォード「マスタング」やシボレー「コルベット」などが中心だ。
▲オークランド・マスタング・オーナーズクラブ
▲ナショナル・コルベット・ レストアラーズ・ ソサエティ
● ニュージーランド(New Zealand)
「ニアセブン」といえば、イギリスのケータハムや南アフリカのバーキンなどは知っていたが、お恥ずかしい話、ニュージーランドのフレイザー(Fraser)は初耳だった。
こういう、シンプルで純粋な後輪駆動のライトウェイトスポーツカーには、尊敬の念を抱くとともに強く惹かれる。
●日本(Japan)
母国は、やはり特別だ。
なかでも気合いを見せていたのは、MX-5クラブの展示。
変な着物姿だったりと、いくつかのディテールには「?」マークであったが、ここまでの愛情を見せてくれているのだから、単純に「ありがとう」だ。
Zクラブの展示では、前期型から一転、全体を丸めた上で、近未来的な横長テールランプを採用した、筆者の大好きなZ31後期型が2台も拝めたのには心が弾んだ。
▲マツダMX-5クラブ・オブ・ニュージーランド(クラブ展示 1位)
▲ZクラブNZ
▲ZクラブNZ(Z31後期型)
▲MR2オーナーズクラブ・オブ・NZ
▲モーゼスマシーンズ(Moses Machines)
▲ジャパニーズ・ノスタルジック・カークラブ
▲ジャパニーズ・ノスタルジック・カークラブ(ホンダ「S600」/ マツダ「RX-7」)
■裏話(Inside Story)
実は、この1978年式のスバル「レオーネ」の出展を予定していたオーナーに海外出張が舞い込み、筆者は車輌の搬入出を依頼された「棚から牡丹餅」の参加だったのだ。
当日の早朝、オーナー宅に着くと、奥様がガレージ(本当はガラージと発音する)を開けてくれ、「レオーネ」とご対面となった。
事前のアドバイス通り、チョークを半分程度引き、セルモーターを回したところ、水平対向エンジンが問題なく始動した。
数分経過しても、アイドル時のエンジン回転は、やや不安定だったが、走り出すとトルクも低回転から十分にあり、クラッチ操作にも特段の配慮は要らなかった。
車速が上がるとステアリングも軽くなり、非常に軽やかに走行した。
車輌重量が800kg程度と、現代のクルマからすれば、超軽量ボディなのだから当たり前か。
会場にて展示が始まると、年配であればあるほど、気兼ねなく話しかけてきた。
面白かったのは、何度もフロントフェンダーの「Front Wheel Drive」という誇らしげなバッジに「ツッコミ」を入れられたことだ。
それだけ「スバル=AWD」というブランドイメージを確立しているのだから、大したものだ。
帰りは、気温が落ちたからか、エンジンがご機嫌斜めで、信号待ちする度にストールする危機に。
チョークを引いたり、アクセルを煽ったりと、スリル満点の帰路となった。
キャブレター調整が楽しいという崇高な旧車オーナーも多いのだろうが、少なくとも、筆者はこれが楽しいと感じる「変態」ではないようだ。
電子制御による燃料噴射テクノロジーのありがたさを再認識させてもらった。
■最後に
ニュージーランドへ渡航されるのであれば、この「Ellerslie Car Show」が本来開催される2月上旬を心からオススメしたい。
そもそも10月~3月は日照時間が長く、活動時間が長くとれる夏時間であるだけでなく、たった20NZドルの入場料で、「世界旅行」もついてくるのだから。
[ライター・撮影/tomato]