夫の友人のベンが、あるフランス車メーカー(仮にA社とします)のサウンドデザインチームと仕事をしていることを知りました。
秘密保持契約があって話せないことも多いようですが、教えてもらえる範囲でいくつかの質問をさせてもらうことにしました。
ミュージシャンであるベンは、現在は大学の講師として学生にレコーディングの際に必要となるミキシングやマスタリングなど、スタジオのサウンドエンジニアとして必要なテクニックを教えています。
その傍らで、アーティストやパフォーマーがショーをする際の、音響を制作する会社でも働いています。
数ヶ月前に始まったA社のプロジェクトは、ベンの学生時代の友人が、現在A社にてサウンドデザイナーとして指揮を取っていたもの。
その彼がオーディオプログラミングの技術が必要になったことがきっかけで、ベンもグループに参入することになったようです。
この話を聞いてから、私たちはA社のクルマをレンタルする際、普段なら気にしていなかった車内の効果音が気になるようになっていました。
エンジンをかけたときや、ウインカー、クラクション、オーディオを可動するとき、「ベンはこういう音も作っているんだね」と意識をして探してみると、たくさんの音に気付くことができました。
■遠くない未来の自動車
当初、このプロジェクトは特定の車輌のために制作されたものではなく、数年間社内で使われるイメージの試作品としての音だったそうです。
しかし最終的に、ウェルカムシーケンスという「クルマに近づいてドアを開け、座席に座る」際の音響が、les futures voitures(近未来タイプの車輌)で使用されることとなったようです。
近未来タイプといわれると、なんだか映画のなかのクルマのイメージをしてしまいますが、開発をしている人たちにとってはすでに現在の話なんですね。
今も街中で走っている電気自動車や、自動運転機能がついているクルマもこの類でしょう。
2ヶ月以上を費やしたこのプロジェクトでは、音の設計、プログラミング、機器への設置などさまざまな作業にそれぞれの専門家が関わっており、ベンが主に関わったオーディオプログラミングでは2週間ほどで完成しなければならないスケジュールだったようです。
各箇所ごとに何種類の音を提案をしたのか聞いたところ、一番最初に提案した「one shot(一発録り)」がすぐA社に受け入れられたようで、以降は例えば「サウンドが攻撃的すぎる」「音が明確ではなく聴こえにくい」など、細かなフィードバックを受けて修正・置き換えをしたそうです。
それだけを聞くと割とスムーズに進んでいたように感じましたが、やはりそんなことはなく、その一発録りまでに「この音では没入感が足りない」「サウンドが次々続くのが速すぎる」など、何度もグループ内での確認と変更を繰り返したのだとか。
音に関する注文は、「遅い・早い」「聴こえる・聴こえにくい」などの数値的な修正ですと分かりやすいですが、「没入感」や「よりエモーショナルに」といった抽象的な言葉をいわれると、私のような素人には、それってどんな音でしょう?と悩んでしまいます。
しかし、ベンにとっては新しいジャンルの作業で、難しくもあり刺激的な仕事だったようです。この仕事をきっかけに自身が運転する際や他社のクルマに乗車中、車内の効果音が気になってしまわなかったのでしょうか?
すると、「正直にいうと、僕にとってクルマは純粋に実用的なものだから、騒音は少なければ少ないほどベストかな」との返答が。
だからこそ日常で使用しているクルマのイメージを広げて、自分の理想と異なるまったく別の音楽をも作れているのかもしれません。
■サウンドエンジニアが影響を受けてきた音楽とは
私の夫とベンは、若い時にお互いがバンド活動をしていたころに出会っています。
当時はロックやダークメタルを演奏しており、その時代を通って現在彼はHIP-HOP、実験的なエレクトロ、ミニマルテクノなど、本当に様々なジャンルを聴いています。
共通していえるのは、ジャンルはバラバラでも何か「特別」な、攻めたポイントがある音楽に惹かれる点です。
友人同士が集まると、最近ではJAZZの話をよくしていて、ベンはアメリカのチャールズ・ミンガスから影響を受けているアーティストを特に気に入っています。
日本の音楽は知っているのか聞いてみると、かの有名なモグワイとも繋がりがあるハードコアバンド「envy」も好きだと教えてくれました。
そして私も愛聴している、ブロンドレッドヘッドとディアフーフ(ともにヴォーカルは日本人)の名前も。
さすがはミュージシャンゆえ、ベンに音楽の好みの話を聞くと本当にたくさんのお勧めを教えてくれるのですが、これ以上書くとクルマの記事から音楽の記事になってしまいそうなので割愛します。
■身近な音にも込められるエンジニアのエスプリ
プライベートでは双子の男の子のお父さんでもあるベンは、本当に穏やかな雰囲気。
今回も、「秘密なことが多くて記事にするのが難しいだろうから、混乱しないといいんだけど面白い記事になるといいね」と快く質問に答えてくれました。
「次のA社の仕事の報酬は、バスルームのリフォーム費用にするぞ」と、次回のプロジェクトの話も少し匂わせていたので、そのときまた新しい話が聞けるのが楽しみです。
ベンが携わっているフランス車に限らず、世界各国でハイピッチに開発が進められている未来のクルマ。
どんな機能でどんな造形をしているのか考えただけでもワクワクしますが、その際には使われているサウンドにも耳を傾けたいなと思いました。
[ライター・スミ / 画像・Freepik, photoAC, Pexels]