去る3月22日、トヨタカムリの国内販売が終了というニュースが報じられました。
輸出モデルは製造が継続されるということですが、トヨタ車の4ドアセダンではマークX、プレミオ、アリオンがモデル廃止に。
実質カムリへ統合という形だったため、カムリのモデル廃止には驚きを禁じえません。
かつては主力モデルだったセダンも、改めて国産モデルのラインナップを見ると、トヨタではクラウンとカローラを残すのみ。
日産はスカイライン、マツダはMAZDA3(現在受注停止中)、ホンダは今年1月にアコードが生産中止(次期モデルの導入は未定)、スバルはWRXとインプレッサ、ダイハツはアルティスがカムリのOEM供給のため消滅、スズキはすでに4ドアセダン自体が消滅、惨憺たる状況です。
あるいは今まで一社、一車種は残そうと尽力はしていたとも取れるかもしれません。
■クルマとしての魅力は悪くない
スポーツカーを好む「走り屋」系の人の中にも、4ドアセダンの隠れファンという人は少なくないと聞きます。
セダンといえば実用性、快適性は当然ですが、動力性能も侮れません。
世の中には「羊の皮を被った狼」といういい回しがあるように、スポーツカーを凌ぐ動力性能を持ったスポーツセダンも存在します。
セダンは乗用車の基本形といわれていますが、快適性、実用性、動力性能をすべての項目をバランスよく満たす必要があります。
時には要人の送迎や警察車両として使われることもあり、追跡や緊急走行等、スポーツカーとは違った目的で高い動力性能を要求されることもあるともいわれています。
スタイリングの流麗さや、ハンドリングの軽快さではクーペやロードスターボディのスポーツカーに一歩譲りますが、セダンでもフラッグシップモデルともなれば、動力性能ではスポーツカーにも遜色ない性能を誇るようになります。
むしろ、少々ハンドリングが鈍重でも快適で運転しやすくドライバーへの肉体的負担が少ないため、ラクチン快適なのにスポーツカーを追い回すことができるという厄介な存在にさえなりえます。
R32~R34型スカイラインGT-Rの海外の評価には「世界最強のスポーツサルーン」「ファミリーセダンのような外見なのにフェラーリやポルシェを凌駕する性能」という声もあります。
よく、スカイラインはスポーツか否かという議論をみかけますが、個人的には筆者は「あえていうならスカイラインはスポーツカーではなくセダンのフリをしてしてスポーツカーを食い散らかす存在(スポーツカーイーター)」と考えています。
■必要にして十分の美学
現在主流となったSUV、ミニバン、トールワゴン、キャビンスペースやラゲッジスペースの容量にはセダンでは敵うべくもありません。
しかし、よほどの大家族か、サークル活動で大人数で移動する機会が多いユーザーでない限り、3列シートでフル乗車ということはあまりないと思います。
実際の日常使用において4ドアセダンで不足を感じるユーザーというのは案外多くないのではないでしょうか?
ヘッドスペースが十分に確保された4ドアセダンというのはむしろ快適なもので、適度にタイトな分、搭乗者の体がしっかりシートに固定されます。
そのため、長時間姿勢を保ってシートに座っていても案外疲れないものです。
むしろ、ミニバンのほうが余計な空間がある分、姿勢を保つのに力を使い疲れてしまうこともあります。
また、ミニバンは視界にルーフやドアサッシが入るため、箱に押し込められたような窮屈感を感じることがあります。
一方で、4ドアセダンは窓ガラスが顔に近いため、視界にルーフやドアサッシがあまり入らず、視覚的な開放感が大きく体感的にあまり窮屈さを感じないというメリットがあります。
着座位置も低く、腰高感を感じないためミニバン、SUV等のハイトボディでは得られない安定感と安心感があります。
ラゲッジスペースも本格的なキャンプギア満載で野営キャンプに挑むという人ではない限り、ワゴンタイプボディの車両のラゲッジスペースをフルに使う機会というのは一般ユーザーの日常使用ではあまりないのではないでしょうか。
日常の買い物はもちろん、定員フル乗車で手荷物程度なら4ドアセダンで十分です。
日本でのセダンのラゲッジの評価のお馴染み「ゴルフバッグ」も一般的な4ドアセダンならコンパクトモデルでも最低4人分は載るように設計されているといわれています。
そして、セダンならではのラゲッジスペースのメリットは、キャビンと完全に独立しているため騒音や匂いが入って来ないという点でしょうか。
筆者も友人との食事会でピザを買いに行ったときのことでした。たまたま何の気なしに自分のセリカではなく、親のセダンで取りに行ったことがあるのですが、あまりの匂いのキツさにトランクルームに入れて持って帰ったことがあります。
あのときほど4ドアセダンの独立したトランクルームの存在をありがたいと思ったことはありません。
もし、ラゲッジスペースとキャビンに遮る物がないセリカでピザを取りに行っていれば、数日はあの胸焼けしそうな匂いに悩まされたことでしょう。
このご時世です。
同じ排気量、セグメント、価格帯のクルマを買うなら、特に必要に迫られているわけでなくても、より大人数乗ることができ、より多く荷物が載るクルマのほうがお得と考えてしまいがちです。
しかし、乗車人数、積載量に必要以上の数値を求めなければ、スリムでローワイドの流麗なデザインに、スポーツカーにも肉薄する動力性能、安定し静寂性の高い快適な乗車空間が得られます。
某シングルモルトウィスキーの有名なキャッチコピーに「何も足さない、何も引かない」というものがあります。
素材に添加物を加えず、成分を引くこともせず、素材の良さを引き出すというものですが、基本設計とレイアウトが快適性と走行性能に現れるセダンにもいえると思います。
■なぜ日本ではセダンが凋落した?
日本経済が斜陽化し、アウトドアブームでクロカンSUVやミニバンが台頭してきた1990年代から次第に日本の4ドアセダンの市場が縮小していきます。
しかし、1990年代後半になると、それまでのローボディデザインの反動かハイトボディの真四角のセダンに回帰します。そのなかで、トヨタも「セダンイノベーション」というマーケティングを展開します。
しかし、すでにミニバンやSUV等のハイトボディの「物理的なパッケージングの大きさ」を知ってしまったユーザーが、セダンの市場に戻ってくることはなかったようです。
近年世界的にセダンのデザインのトレンドとなっている4ドアクーペ、セミファストバックセダンの走りとなったのでは?と再評価の声も高いネオクラシック世代の国産セダン。
実は現在の日本のセダン市場の凋落の引き金となっていたとしたら、何とも皮肉な話です。
■今後セダン復権はありうるのか?
日本では冷え込んでしまったセダン市場ですが、東南アジアをはじめとする新興国では4ドアセダンが人気のようです。
現地生産モデルでは日本ではあまり見かけなくなったコンパクトサイズの4ドアセダンがラインナップされ、日本ではハッチバックのみで展開しているマツダ2やトヨタヤリスにも4ドアセダンが存在します。
所得水準が回復傾向にある欧州でも、セダンの人気が堅調です。
冒頭のカムリのモデル廃止もあくまで日本国内仕様の話で輸出や現地生産モデルは継続なので、セダンはある程度中産階級の消費が活発でないと売れない商品なのかもしれません。
一方日本のように長らく消費が冷え込んでいる市場では、どうしても、安くて量が多いものを求めてしまいがちです。
消費者の心理に余裕がなければ「必要にして十分」というセダンの美学は響かないのでしょう。
もし日本の路上に再びセダンの姿を見るようになることがあるとすれば、日本経済が活気を取り戻したときかもしれません。
[画像/TOYOTA、MAZDA、ライター・撮影/鈴木修一郎]