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去る2021年の4月1日、エイプリルフールに契約をしたS660。
今年の2月にようやく納車され、これまで2000キロを走破しました。
割と公私ともに古いクルマに縁がある筆者にとって、久しぶりの新車ではありますが、それでもこのクルマには旧車の魅力が多く詰まっていると感じるのです。
今日はそんな、まったく旧車ではないホンダS660に乗って懐かしい気持ちになった、という話です。
■「最後の旧車」がそもそもの購入理由
約10ヶ月待ったすえに納車されたS660。
これまで、雑誌の取材で何度も広報車に乗ったことがあるクルマだったはずですが、マイカーとしてお迎えすると意外な発見や気づきも多いものです。
そして「よくもまあここまで頑張って作り続けてきました」と思います。
軽自動車規格で作って、世の中的にはやれ「高い」だ、「こんな使えないクルマによくもまあ!」といった評価もよく耳にしました。
しかし、エンジニアさん的にいいこと思いついたかもしれませんが、スペース効率を最優先し、今や大人気のNシリーズ向け、要はFF車用の極めて幅(前後方向)に薄いエンジンをミッドシップ。
色々手も込んでるし、あまり効率的ではないなあと感じる箇所も多々見受けられるこのクルマ。
これでは多分作ってもそれほど利益にはつながらないでしょう。
ホンダのような量販自動車メーカーが作り続けてきた姿勢には一定の評価を下してもいいと思いますし、また、それありきで企業運営が制限されるとなれば、それもそれで由々しきこと。
生産終了も当然のことと思うのです。
ただ、それだけに生産終了のニュースを聞いたときは「なんとなく一目置いていてチャンスがあれば欲しかったクルマ、また買いそびれたか」という気持ちが強かったものでした。
「みんな持ってて僕だけ持ってないんだ」と駄々をこねる子どもではないけれど、自動車メディア関係者で比較的近しい人が立て続けに契約書にハンコを押し出したことは、当時(2021年春)に私をディーラーへと誘ったことに少なからず影響しました。
「もう永遠に新車で買うことができないのではないか」という、ある種の「危機感」が話だけでも聞きに行こうと思わせ、予算オーバーというか、具体的な予算目算は「組んですらいなかった」ものの、わずか30分で購入を決めることになろうとは。
「エイプリルフールであってほしい」と自分自身思ったのもまた事実であります。
車重830kg、絶対的にはそこそこありますが、今となってはなかなか軽量な部類です。
内燃機関だけで動き、ツーシーターで屋根を脱着できることを、安全装備などへの忖度に屈することなく実現する。
乗って爽快感があるマニュアル車、ホンダも2度と作らないだろうし、日本車ばかりか、欧州車でさえ、この手の話では最後の楽園であるように感じるロータスでさえ怪しい雲行き。
生産資源の有効活用を考えたら、常識的に、金輪際2度と登場もしない可能性が高い。
すなわち、ラインオフすることはないのではないか、という確信に近い予感がしたのでした。
旧弊かもしれないけれど、私たちが慣れ親しみ、憧れてワクワクした、あのクルマたちの魅力を持った最新のクルマ、最後の旧車がS660なのではないか。
そう思ったのが私がそもそも商談のテーブルに座ってみようと思った理由だったのです。
■パワーウエイトレシオでは幻のS360に近い
660ccの3気筒エンジンで64馬力、数字で見ればそんなに力はありません。
乗ってもなかなかマイルドです。
でも小ぶりな1300cc以下のコンパクトカーなどと比べたらそれでも元気に回ります。
十分に身軽な感じ。
これは表現されているわけです。
ターボで過給されるのでトルクもあります。
あとは、重量物が車体中央に集中していますので、回頭性も高く、加減速も十分に機敏。
どちらが速いか、でいえば大きな排気量のクルマや、本格的にチューニングしてあるクルマには敵わないかもしれません。
でも、「軽快さ」、パワーで重さを解決していきますという乱暴なものではなくて、車重を少なく抑えています。
曲がったりするときのねじり、モーメントなど重力や遠心力の影響が少ない感じ。
今時のパフォーマンスカーにはない、これもクラシカルな良さではないかと思うのです。
ツインリンクもてぎに行った際、ホンダコレクションホールに立ち寄り、展示してあったS360(実際には販売はされなかった幻のモデルのレプリカ)を見る機会がありました。
排気量360ccで33馬力。
その車重が510kg。
パワーも車重もS660の方が重いもののの、技術レベルも違う当時としては相当頑張っていてんじゃないか。
そしてそれを当時のホンダの、とにかく高回転型のエンジンで、というのは興味深いところです。
いずれにしても、余分なことは排除して、思いっきり走る。
重さもパワーも、ホンダスポーツの「原点の2倍弱」というところ。
パワーウエイトレシオではそこそこ近いのではないか。
この感じこそ、クルマで味わう爽快感の原点?そしてホンダの原点?そんな気がしていたところでした。
■この国の自動車の往来を想定していない旧街道で風土に浸る
とうに売り切れになって自分には関係ないと思っていたクルマが買えてしまった。
これは達成感とかとは別の、通常はむしろ一物一価で厳密には2台と同じクルマはないはずの中古車選びなどで感じることが多い、一言では言い表せないような「縁」のありがたさなどを感じるのです。
そうなると、出かけた先で神社仏閣など、案外近所にもいいところが少なくないので、お参りをする機会も増えたように感じます。
こういう施設は古くからその地域を守っていたりして、その関係で、位置関係が今の都市計画の区画ではなく、旧道、旧街道の辻などに位置していることが少なくありません。
近くまではいい道が整備されているが、真前はクルマの往来を想定していない時代の道だったりということもしばしばあるものです。
昔の五街道などといっても、今の道幅で言うと路地レベルの道幅だったりする箇所も少なくありません。
そんな場所を走るのに、安全装備ダクダクの今時の自動車は大いに持て余すことでしょう。
こういうところでは、断然旧規格の古いクルマ、せいぜい軽自動車といったレベルがちょうどいいと感じさせてくれるものです。
ちょっと役所に行った帰り、銀行や買い物のついで。
そんな日常の合間で近所のパワースポットを再発見できる。
これ自体妙に嬉しいものです。
「ん?なんだかお導きかな?」こんなふうに思えてきたりして。
実は自分の暮らし、すぐ周りにこんなスポットがあったのか。
小さなくるまはそういうものを教え気づかせてくれたりもするのですね。
昔の車は小さかった。
だからこそ地に足がついた日々の暮らし。
地域に根ざしたカーライフ。
出かけた先々にある「軽自動車専用」という駐車スペースなど、小さなクルマのアドバンテージ、S660は、誇り高く「軽自動車」を堪能させてくれています。
■アイドリングストップはなくていい
S660にはアイドリングストップ機構がありません。
セルモーターへの負荷も小さくないですので、そこにゆとりを持たせ、対応の巨大なバッテリーを搭載する選択肢はなかったのかもしれません。
窒素酸化物等の有害物質も、始動時の排出がかなりの割合を占めます。
ストップアンドゴーを繰り返す都市部の路上で、いちいちアイドリングストップをすることが果たして環境にやさいいことなのかは実に議論の別れるところでしょう。
最新のクルマのなかにはあえてアイドリングストップ機能を省いているモデルもまた出てきています。
そもそも低燃費なクルマは、走行時にその好燃費を叩き出し、停車中はもったいないから止めてるだけ。
10秒以内に再びエンジン始動は正直燃費貢献の観点でも「瑣末なこと」なのでしょう。
大体S660も燃費を意識せず、しっかり回して走って、街中メインでリッターあたり17キロほど。
今時「燃費がいい」と声を大きくするレベルではないのかもしれませんが、まあ不満はないレベル。
あの小気味よい感じは、繰り返しますが、昔からあるライトウェイトなクルマの爽快感と、エンジンの奏でるビート感を楽しみつつ燃費も諦めない。
停止したら、鳥の囀りや風とともに歌う。
むしろ、そんな「内燃機関のが寄り添いつつ主張する」という感じも自動車往年の自動車の面影のように感じるのです。
■そもそもクルマは「雨風凌げる+アルファ」だったはず
今の世の中にもっとも欠けているいること。
それは「許容すること」ではないか、と思うことがあります。
ボーダーレスとか、非常に幅広い視座が求められる世の中でありながら、すべての課題が解決すべき高いハードルとして積み上げられていくばかりで。
困難を「乗り越えることが成長」という旗印のもと、他者にも、自分にさえ追い込みをかける。
自動車もそういう面は少なくないでしょう。
安全、低環境負荷、人に優しいモビリティ。
確かに新しいクルマは優れているし快適。
けれど、それでなければならないか?と冷静になってみればそうでもない機能がとても多いということはないでしょうか?
もちろん、それほどまでに快適なクルマが当然に買えて、昔の贅沢装備が最低レベルなものとして、標準装備で用意されたりしている。
それはとてもありがたいこと。
そういうものを利用できることには、どれだけ感謝しても、し尽くしたということはないでしょう。
しかし、そういう機能は未来永劫担保されるのでしょうか。
あらゆる便利な機能がコンパクトになっている。
当然「電気仕掛け」。
独立配線がハーネス化されて、いるわけではありませんね。
さまざまな可動部分がプリント基盤で繋げられる。
もちろん耐久試験はしているでしょうが、果たして何年持つのか。
そして壊れた時にはいくらかかるのか。
部分補修はできるのか。
考えると個人的には結構深刻になってしまいます。
それでいうと「小さく完結していた昔のクルマ」から、自動車はどのくらい進歩したのか?時々わからなくなるのです。
この下りは前にも書いたかもしれませんが、「もっと安全にしないと」とボディを大きくすると、重たくなる。
動力性能も、燃費も悪化する。
構成部品も大きく重たくなる。
当然ブレーキ・タイヤなどもすべて大きくなる。
今度は性能が向上したので、さらに、安全なものにしなくては、と、ボディが大型化するし、さまざまな機能や運転支援装置などが付加される。
この悪循環の直中に自動車の「進化だと我々が思ってきたこと」はあるのではないか。
この考えを覆すに十分な発見や感動は今のところない、というのが個人的には率直なところなのです。
クルマに多くを求めすぎているのではないか。
そう、反省を含めて感じることがあります。
昔は雨風凌げる「馬なし馬車」だったはずなのではないか、自動車とは。
もちろん、この手のものは富裕層が導入して広まり出しますので、ある種社会的地位や、富の象徴的記号という役割も、黎明期からあったでしょう。
贅沢装備を盛り込むという要素自体、それ自体を否定するつもりはありません。
それでも、大量生産大量消費的なプロダクトというのは、自動車のあり方として考えるべきもの。
博物館へ行って思うのは、カローラ、クラウンの初代モデルの作りのていねいさ。
世に出すならこのくらいは、というメーカーとしての節度というか、メーカーからオーナーへの「メッセージ」のようなものを、例えば窓の周りのモールや、ボディの作り込みに感じるのです。
これは「世の中に出す以上はちゃんとしないと」という、何か「よそ行きの緊張感」に近いものかもしれません。
機能や装備はシンプルであっても風格はある。
それが見映えとなり、やがて路上で人の目に止まる。
クルマへ羨望を集めなくてもよいが、作り手の魂が眼差しを集めるのではないか。
その点、S660はぱっと見は今時のクルマにはなってしまっています。
二人乗りの軽自動車で800キログラムオーバーの車重、絶対的には決して軽量ではありません。
それでも、今時のクルマとしては器としても、機能としても最低限。
そこに清々しさを感じたものでした。
そして、オーバーな言い方をすれば、こういうクルマが新車で販売されることは未来永劫ないだろうと。
ホンダのような量産量販メーカーで、何かが間違って、魔が差せばはんこを押せるレベルの価格で販売されることは私が生きている間では2度とない、と断言に近い予感がしたので購入したというのが正直なところでした。
実はこのクルマ、涼しい夕方に幌を外してというのもいいですが、雨の日のドライブも楽しいものなのです。
赤い幌のルーフトップで駐車場に待っているのを見るのも楽しいですし、乗り込むと、パラパラとその屋根を叩く音がするのです。
幌をしているとそんなに広くはないものの、妙に居心地の良い狭さ。
広い駐車場のコンビニに停めてしばらくその雨音を楽しんだりして。
「クルマは傘だ、雨風しのげて、ホントありがたいよね」トランクもない。
こんな「色々不便なクルマ」です。でもそのクルマが私に「ありがとう」と感謝の念を抱かせてくれるなど、どうして2021年4月1日、私がその販売会社で押さえていた最後一台のモデューロXバージョンZを縁あって注文した時点で思ったでしょうか。
エアコンとナビ、シートヒーターなんかついているのです。
これ以上期待してはバチが当たる。
クルマの装備、これでも十分すぎと思うほどなのです。
このクルマにはクルマ本来の「ありがたさ」が生きていて、どんなクルマも買ってみると見えてくることがあるものです。
ほんとこの二点、クルマ選び、クルマ購入の本質だと思います。
だから、タッチアンドゴーで九州往復、2,500キロのグランドツーリングから帰ってきても「30分だけで、ちょっと一回りしますか」という気持ちになれるのです。
出かけるのではなく「ただいま!をいう代わりのちょっとした挨拶ドライブ」乗るとホッとして、少し元気がもらえる。
なかなか良いものです。
だから、オドメーターは納車5ヶ月すぎて2000キロ強。
中込の所有車としてはものすごく遅々たる歩みのようですが、距離の積み増しの「密度」が今までの他のクルマとは違う。
やはりクルマのプリミティブな魅力、何事にも替え難い相棒感のようなものを感じています。
納車から約半年、全く旧車ではありませんが、S660を通してクルマ本来の魅力楽しさ、そして価値を噛み締めているのです。
しかし、雨の日も楽しくなるのはこのコーティングのおかげもあるでしょう。
江戸川区のアクティブガレージ阿部さんに薦めていただいたXPELのフュージョンプラス。
塗装面を強化に保護することに加えて、水弾きもよく、何より汚れが沈着しにくい。
このおかげで、S660を傘としてもとっても気に入って使えています。
[ライター・画像/中込健太郎]