目次
前回、初めて工具を購入する旧車オーナーのために、簡単ではあるがアドバイスとなるであろう記事を担当した。
今回はその続編として、晴れて旧車オーナーとなったら、次にいったい何を揃えれば良いのか、具体的な内容にまとめてみた。
▲おちゃらけた内容の筆者のYouTube動画も、すべて事前にサービスマニュアルやパーツリストなどで下調べをしたうえで作業をおこなっている(私クマダはYouTubeでポンコツ再生動画を公開しております。ぜひ動画もご覧になってください。チャンネル登録お待ちしております。動画はこちらです→ https://t.co/jshezU8Be0)
■工具以外にもこれだけは揃えておきたい
晴れて旧車オーナーになって、少しでも自分自身でクルマに手を入れてみたいと思ったら、まずは参考となる資料を用意するべきであろう。
DIY派の旧車オーナーに筆者が入手を強くおすすめしたいのが、「自身の愛車のサービスマニュアル」と「パーツリスト」だ。
▲筆者所有のサービスマニュアルやパーツリスト、社外アフターマーケット品のパーツカタログなど。余談だが、海外のパーツカタログ類は資料性が高く、参考となるものが多い。英語というハードルがあるが、国産旧車でも海外輸出されていた車両であれば、洋書で探すという手段が存在する
旧車は、日常的に行われる基本的なメンテナンスなどにおいても、現代のクルマでは当たり前となっている方法とは異なる場合が多い。
例えば基本中の基本、エンジンオイルを例に挙げてみよう。
たかがエンジンオイルと思われるかもしれないが、今日一般的に入手できるオイルが使用できるのか、もしくは旧車用と呼ばれる特殊な粘度のオイルを用意しなければいけないのか、サービスマニュアルがなければ判断すらできない。
タイヤひとつとっても、ホイールナットの締付トルクはおろか、規定の空気圧すら分からないなど、手探りで作業する場面が容易に想像できる。
DIY初心者にとっては、とても心許ないものであろう。
また、旧車は修理などパーツ交換が必要な際に、あらかじめそのパーツが入手できるか否か作業を行う前に探りを入れておかなければならない。
パーツの供給状況によっては、その作業を断念せざるを得ないことがあるからだ。
パーツリストは部品検索のための必須ツールだ。
部品番号がわからないと発注はおろか、パーツ探しすらままならない。
正直なところ、これらは当時モノとなるため、車種によっては入手困難なケースもある。
しかし、ネットオークションなどを駆使して何としてでも手に入れてほしい。
サービスマニュアルとパーツリストは旧車オーナーにとって、たいへん重要な参考資料であり、いわば旧車維持の道しるべともいえるからだ。
■現代車では用いられることがない、旧車ならではのツール。タイミングライトとシックネスゲージ
▲シックネスゲージを使用して実際にタペット調整をする。決してむずかしい作業ではない。ある年代より旧いクルマでは必須メンテナンスだ(画像は空冷ワーゲンの水平対向4気筒エンジン
リアルタイムで旧車に接してきた世代のオーナーにとっては当たり前のことであっても、若いオーナーにとってみれば「なにそれ?」といったことは多々あるだろう。
旧車といえども、比較的に現代車に近い感覚で乗れる1990年代以降のネオクラッシックカーであっても、平成生まれのオーナーにとっては生まれる以前に造られた、あるいは同世代のクルマだ。
筆者はいわゆるアラフォー世代の「おっさん」である。
その「おっさん」が免許を取ってクルマをいじり始めた20年前であっても、実際に当時で「旧車」と呼ばれたクルマに触れないかぎり、出会うことはないであろう基本的なメンテナンスが存在した。
代表的なものをいくつか挙げてみれば、「タペットクリアランス調整」「ポイントギャップ調整」「点火時期調整」あたりだろうか。
具体的内容については話が長くなるのでここでは割愛するが、これらは、よくいわれるエンジン完調のための基本「良い圧縮・良い火花・良い混合気」すべてに関連する。
旧車を絶好調に走らせるための必須メンテナンスだ。
ここで必要となるのが、タイミングライトやシックネスゲージである。
さすがにこれらはホームセンターの店頭はおろか、工具店でも在庫として店頭に置いてある店舗が非常に少なくなったように感じる。
これらはネット通販であれば安価に入手できるが、筆者の経験ではタイミングライトの安価品は高い確率で早くに故障する。
シックネスゲージについては高額ではないので、精度を信頼できる日本製を選んでほしい。
デジタル化された現代のクルマでは、これらの部分は「メンテナスフリー」というより、「ノンタッチ」となっている。
これらは当時、車検点検の際には必ず行われる身近なメンテナンスであったと聞く。
車種によっては、取扱説明書に作業方法が記載されるほどであったという。
これらはDIY派の旧車オーナーには、オイル交換・スパークプラグ交換の次に、ぜひ実践してほしい基本メンテナンスだ。
この部分を普段から触れているオーナーは、早い段階で一見判りづらい完調であるクルマ、そうで無いクルマの判別が感覚的に身についてくることであろう。
▲「画像④」:YouTube動画内で登場したタイミングライト。40年以上前のナショナル製。
(#11 完成 / スズキ カプチーノのへたったエンジンをリカバリーせよ)より。動画はこちらです→ https://youtu.be/1Fx3xMNmNxM
■DIY派の旧車オーナーは、ぜひグリースにもこだわってほしい
自身でメンテナンスを行うと、グリスアップを行う場面が増えてくるはずだ。
グリスアップはメンテナンスの基本中の基本といっても過言ではないだろう。
オイルと同じくメカニズムを潤滑保護するために必須の油脂、グリース。
各種オイルにこだわりを持つ旧車オーナーは多いが、グリースもオイルと同様、目的に応じてさまざまな種類が存在する。
ここに一般的な自動車整備に使用されるグリースの代表的なものを挙げるとしよう。
●リチウム石けん系グリース
マルチパーパスグリースという名で広く一般的に使用される。
マルチパーパス(万能)というが、これを鵜呑みにしてどこにでも使用してはいけない。
●カルシウム石けん系グリース
通称シャーシグリースとも呼ばれる。
主にジャバラチューブに入っていて、下回り各所のグリースニップルにガンで充填することが多い。
耐水性もあり安価だが、耐熱性は期待できない。
●二硫化モリブデングリース
マルチパーパスグリースに二硫化モリブデンを配合し、耐摩耗性・耐荷重性を持たせた黒いグリース。
トライブシャフトなど、等速ジョイントのブーツ内部などに使用される。
ここまでは、液状の「ベースオイル」を、半固体の「グリース」にするための「増ちょう剤」にリチウムやカルシウムを使用した「石けん系」のグリースである。
以下は増ちょう剤に石けんを使用しない「非石けん系」グリースの代表的なものを紹介する。
●ウレアグリース
マルチパーパスグリースとほぼ同じ用途で使用されるが、やや耐水性・耐熱性が高い。
密封されたシールドベアリング内部など製品に使われることが多い。
筆者はクルマよりもバイクの整備によく使われるイメージを持っている。
前述の3種類の石けん系グリースは、ほぼ鉱物油ベースといって間違いない。
しかし、この非石けん系のウレアグリースに関しては、製品ごとにベースオイルが異なる場合が多い。
購入する場合には、耐ゴム性能の観点から購入時の確認は必要と思われる。
●ポリグリコール系グリース
「ラバーグリース」や「ブレーキグリース」の名称で店頭に並ぶ合成油ベースのグリースだ。
ブレーキ内部のピストンシールやカップラバーなど、ゴムを傷めずに潤滑する。
●シリコーン系グリース
耐熱かつ耐寒、幅広い温度帯で使用可能。
さらに耐水性も抜群な白いグリースだ。
ただし金属同士の摺動面や力のかかる部分には使用できない。
主にプラスチックやゴムに使用される。
高額ではあるが、幅広い用途に使用できる。
その他、特定の使用用途に応じたグリースも多々存在する。
ここで、前述した汎用グリースでは代用できない例を二つ挙げてみよう。
●ブレーキパッドグリース
主にブレーキパッドとシムなどキャリパー周辺や、ドラムブレーキのライニングとバックプレートの接触部分などに使用する。
他のグリースで代用すると雨などの水分に流されてしまい、ブレーキ鳴きの原因の一つとなる。
耐水性をもつことから、シリコーン系グリースでも代用できるという意見もある。
しかし、筆者はグリースの固さ、すなわち「ちょう度」によると考える。
相手は重要保安部品のブレーキだ。
ここは専用品を使用するべきであろう。
●クラッチスプライングリース
クラッチ交換時に使用するグリースである。
乾燥しにくい性質を持たせることで、グリースがクラッチ摩擦材などのダストを含むことで固くペースト状になることを防ぎつつも、周囲に飛び散りにくいという特長を持つ。
このグリースについては、オートマ車全盛の今日において使用頻度が低いためか、修理の際に別のグリースで代用され時間の経過とともにグリースが粘着する。
クラッチペダルが極端に重くなったり、グリースが周辺に飛び散るなどしてジャダー発生の原因となっている例がある。
細かい部分ではあるが、安易なグリース選びができない一例だ。
他にも挙げられるものはあるが、一般的なクルマのメンテナンスに使用されるものは、おおよそこれぐらいであろうか。
お分かりいただけたと思うが、クレ5-56にマルチパーパスグリースだけがあれば良いわけではないのだ。
確かに広範囲に使用できるグリースは存在するが、筆者の知る限り、どこにでも使える万能なグリースは存在しない。
使用する用途を間違って使用した場合、良かれと思って使用した高額なグリースが、外側のラバーブーツをボロボロにしてしまったという例もある。
これでは本末転倒だ。
まさに「間違いだらけのグリース選び」ではなかろうか?
良かれと思って行ったメンテナンスが、トラブルの原因となる。
潤滑系ケミカルは、どうしてもインターネット広告に流され、高額なものを購入しがちだ。
グリースなどのケミカルは、まずは先述のサービスマニュアルをもとに選択してほしい。
購入の際にはパッケージの裏書きと照らし合わせれば、どれが正しい選択であるか判るはずだ。
幸いなことにこれらは決して高額なものではない。
比較的安価である。
荷姿の問題で少し多めに購入することになったら仲間内でシェアすればよい。
まずは目的に必要なものを用意して、ツールボックスにストックするべきである。
くれぐれも「都市伝説」に騙されてはいけない。
▲筆者使用のエンジンオイル(主に旧車用)。クルマ用のオイルやケミカルは数多く存在するが、これら油脂類も信頼できる資料をもとに正しい選択をしたい
■まずは自分のペースに合わせて、できることからはじめよう
今回は、サービスマニュアルとパーツリストの入手のススメから話を展開した。
相手は古い機械モノである。
一筋縄でいくとは考えないほうが良い。
DIYの前にまずは情報収集だ。
作業の事前準備はたとえ、その道のプロであっても必要不可欠である。
筆者の経験上、腕の良いメカニックであるほど、この点についてはとても真剣かつ用意周到であると感じる。
森羅万象ともいえる筆者の師匠(熟練の整備工)はサービスマニュアルの内容が脳内にインプットされており、最新情報にも常にアンテナを張っている。
旧車のみならず、DIY初心者の方は今回の記事を読んで「いきなりプロ相手の修理書かよ!?」と思われるかもしれないが、これは修理の具体的かつ、王道である内容である。
これから自身で愛車に手を入れようという方には、ぜひ正しい方法を覚えていただきたい。
ここまで聞くと、難しく感じてしまうかもしれないが、現代のクルマとは異なり、旧車にはオーナーが手を入れられる余地が数多くある。
クルマを構成する部品点数も、必要な工具も現代車に比べればはるかに少ない。
肩ひじ張ることはないのだ。
これなら自分でもできるという部分からはじめればよい。
繰り返しとなるが、そのために道しるべとなるのが「サービスマニュアル」と「パーツリスト」である。
自分のクルマだ。
やりたいようにやればいい。
納得できるところまでやればいい。
そして、何度でもやり直せばいいのだ。
自身の手を汚し、絶好調になったクルマに乗る瞬間は、何事にも代えられない素晴らしい体験である。
こればかりがお金で買えるものではない。
一度経験すると病みつきになる。
まさにプライスレスだ。
プロ顔負けのプライベーターが存在する理由はここにある。
「千里の道も一歩から」「先ず隗よりはじめよ」。
いずれの言葉も、まずはできることからはじめようという意味だ。
・・・閑話休題。
今後も旧車を維持するにあたって、より実践的な工具の選択方法やケミカルについても案内していこうと思う。
次回も期待して待っていてほしい。
※前回の記事
[YouTube]BEARMAN's チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCTSqWZgEnLSfT8Lvl923p1g
[ライター・撮影/クマダトシロー]