オフタイムはクルマ趣味を満喫している人で、オンタイムもクルマにまつわる仕事についているケースも少なくない。だが、お仕事中も興味のあるクルマに乗れるかというと、そうでもないだろう。
平日の高速道路、走行車線をのんびり流していると右側から目を三角にしてカッ飛ばしていくライトバンの姿を何度も見たことがある。
素直に「お仕事、お疲れ様です」と心の中で唱えつつ、あのドライバーとライトバンはどんな関係で、どんな心持ちで仕事をこなしているのだろうと考えてしまう。
筆者がかつてエンジニア業に携わっていたころ、社用車のプロボックス・ハイブリッドで街を駆け巡っていたことがある。
まだ、街中でプロボックス・ハイブリッドの商用車とすれ違う機会が少なかった事もあり、新車おろしたてのピカピカプロボックスのステアリングを握り、業務そっちのけで会社と目的地の間を楽しくドライブしていた。
そんなエピソードを会社の食堂でクルマ好きの同僚に話すと「お前、よく商用車なんかに興味を持てるなァ……」と半ば呆れ気味に返された。
彼にとってライトバンの車内で過ごす時間は、あくまで仕事中の”苦痛な時間”で、筆者のように”移動ご褒美タイム”などではなかったことを知り、少し寂しい気持ちになった。
それからというもの、渋滞の首都高のなか追い抜き追い越されする商用バンたちの様子とドライバーの表情をときどき伺っていたものだ。
実は今回の取材は別件のテーマで依頼する予定だったのだが、取材先に乗ってきて頂いたADバンを見てふと首都高で眺めていたときの「ライトバンの中身はどうなっているのだろう」という純粋な疑問が思い返された。
取材対象のジュンさんに事情を説明するとインタビューを快諾してくださった。
クルマの取材記事では珍しいかもしれない、仕事終わりの“ありのままの”姿をひとつのケースサンプルとして眺めてみることにする。
■生粋のクルマ好きはカーディテイラーに
ジュンさんは33歳、学生耐久レースでは92レビンのステアリングを握り、卒業後はディーラーメカニックとして働きながら日産の初代ウイングロードを所有するなど、平成生まれとしては少しディープなクルマ体験をしてきた。
クルマの書籍やビデオカタログにも造詣が深く、骨董品を見つけては手に入れることをライフワークとして続けているそうだ。
20代後半はアパレル業などでも活躍していたジュンさんだったが、根っからのクルマ青年だったことと、クルマの造形美に改めて魅せられはじめ、車体を際立たせるカーコーティングの道に惹かれていったそう。
あれよあれよという間にカーコーティングショップに転職し、今ではプロのディテイラーとして働いているそうだ。
「カーディーラーや中古車店などで磨きをさせていただいてます。元々クルマのカタチやデザインに興味を持っていたのですが、実際にその表面や塗装に触れてみるとクルマやコンディションごとに表情があり一つ一つ課題を立てて磨くのが凄く面白いんです。弊社は磨きを行うブースも完備していますが、販売店で展示されているものを洗車することもあるので道具などを常に載せられるクルマは業務に欠かせない相棒ですね」
ジュンさんの相棒は日産ADバン。
まだ現行車である為街中でもよくみかけるが、実は登場は2006年と古く取材次点で17年の歴史がある。
今回ジュンさんが乗ってきてくれたADバンも2008年式と生産からはそれなりの経過年数が経っているが、業務用途で使っている割には痛みがちな無塗装バンパーやヘッドライトもビシっと奇麗な印象を受ける。
「業務上、あまり汚いクルマでお伺いするのは良くないので外装の印象やメンテナンスには気を使っています。ただ、元々中古車を導入しているので頑張っても消せないダメージがあり、そういった部分は磨いてごまかしたりもしていますね(笑)」
スチールホイールやサイドシルの一部はDIYでブラックに塗られており、ADバンを知る人なら違いがわかるかもしれない。
こういった小さな差異が道具としての満足感を高めるものでもあるだろう。
■意外と良い走り味、侮れぬライトバンの実力
走行距離は11万キロ台、商用車にしては距離が浅いがその乗りごこちはいかがだろう?
エンジンは1.5LのHR15DE。最大積載量は450kg、一般的な使用には不足を感じさせないスペックだ。
「ADバン、商用車としていいクルマだと思います!走りに安っぽい……というネガはあまり感じません。前職で90年代のライトバンに乗っていたことがありましたが、リーフリジットサスペンションのころのクルマとは比べものにならないですね」
そう伺うと運転してみたくなってしまい、少しの距離を走らせてもらうことにした。
4速ATのギアを入れる感覚はまさに日産車、といった印象。走り出しにダルな感じはなくトルクは充分。乗用車の3代目ウイングロードとインパネを一部共有しながらバン向けの専用設計としているだけあり、内装にもさほど安っぽさを感じない。走り始めてからも遮音性で悲しい気持ちになるかと思えばそんなこともないのだ。
逆に、乗用車ベースのデザインでありながら、ペン立てやグレードによってはマジックボードの機能や助手席のシートバックテーブルが出現することなどなど……痒いところに手が届くこのツール感覚は、長距離を走る車中泊にももってこいなのではなかろうか。
「実際このクルマのなかで食事をしたり休憩をすることもありますね。日々、関東の北側はどこへでも行く体勢としているので、室内は雑然としつつも今の状態は自分が使いやすいように配置しています。ちょっと恥ずかしいですが……」
トランクスペースはカーコーティング用の道具でいっぱいだ。
掃除機に薬剤、バケツなどなど……いつでも洗車が開始できる状態が整っている。
「本当はもう少し荷物を少なくして移動することも可能なのですが、いつどんな内容でも磨きが始められるようにしていますね。もっと荷物をまとめられるならば、セダン系の車種を営業車にして走り回ってみたいです。今はJ31のティアナなんかがすごく気になっているので、ピカピカにした状態でお客様のところへ訪問してみたいなぁ……なんて妄想してますね(笑)」
もし、カーコーティングを依頼して初代ティアナで訪問して頂いたらそれはビックリだが、そんなサービスだってきっとアリだ。
最後にADバンと一緒にあちこち動くジュンさんに今後の意気込みを伺ってみる。
「自分のクルマではないから愛着が無いか問われればそんなことはないですね!すでに2年、それも平日は毎日一緒にいるクルマなので、なかなかかわいいと思ってますよ。今はドアのサッシュがバンらしく塗装色になっているのが気になっていて、カッティングステッカーで黒くしようかな?と画策中です。今のところ故障もなく、よく働いてくれていますが、会社の都合で急にお別れの日が来るかもしれません。でも、一緒に働く限りは手をかけてあげるのが道具として、相棒としてのクルマだとおもっています!」
偶然に取材させていただいたジュンさんとADバン。
クルマ好きが就いた職場のバンという関係性ではあるものの、とある営業車にはこんな風な眼差しを向けられているのかと少し嬉しくなった。
オドメーターが刻んだ数だけ、ビジネスの痕跡を感じさせる商用車。
もしこの記事を読んでいる貴方が会社で商用車をお乗りになるならば……少し思い出してあげてほしい。
同僚や家族の誰も知らない……。
でもあなたが仕事で挑戦した喜びも悔しさも、ひょっとしたらこっそり知ってくれているかもしれない商用車たち。
そんな存在をときどき労ってみるのはいかがだろうか。
[ライター・撮影/TUNA]