先日、旧型車の集まるイベントに出展されていた「愛車の終活・相続」のサービスが目に留まった。
生きとし生けるものすべてに訪れる最期。
愛車家にとってもそれは平等にあり、想いが大きなほど残していく物事へ馳せる気持ちは小さくないだろう。
ふと振り返り、自分のクルマを眺める。
あと何年ハンドルを握ることができるだろうか。
最後にはどんなクルマを所有しているだろうか。
もし、そのときクルマを誰かに託せたら心残りはできるだけ少なく旅立てるだろうか。
そんな想いが堂々巡りになっていくなか、知人と、その愛車のことを思い出しインタビューを申し込むことにした。
春の陽気のなか、県道の向こうから白いセダンがやってくる。
そのクルマのノーズは昨今の公道ではかなり低くコンパクト。
それは妙に懐かしく、でも脳裏にひっかかるあの感覚は、かつて筆者の実家で所有していたクルマと同型だからだろうか。
日産・ブルーバードの歴代8代目となるU12型は1987年にデビュー。
セダンとハードトップ、コンフォートなアーバンサルーンシリーズとスポーティなSSSシリーズ、エンジン展開もワイドに用意され、かつての街なかではさほど珍しいとは感じない車種だった。
国内での生産終了から30年以上の月日が経ち、こうして眺めてみるとハッとするほどに新鮮だ。
白いボディ、リアドアには誇らしげな"TWIN CAM"の文字。
スポーティーな装いのセダンを新車で購入したのは現オーナーの祖父にあたる人物だ。
祖父から孫へと受け継いだ日産・ブルーバード。
一体どんなエピソードが宿るのか、すこしだけ覗いてみることにしよう。
■祖父から受け継ぎし白いセダン
オーナーのひらくえさんは29歳。
以前、初代RAV4の記事でインタビューさせていただいたオーナー様だ。
RAV4は家族で所有するクルマだったが、今回のブルーバードは正真正銘ひらくえさんご自身のクルマだ。
今でもこうして元気に走っている個体だが、実は元々おじい様が手放そうといい出した際には捨てられそうになっていたという。
10年前にはすでに希少車であっただろうこの個体。
何故運よくひらくえさんの元に受け継がれたのだろう。
「高齢になった祖父母にはブルーバードはすでに大きな車体でした。当時、新車のマーチなどへ買い替えも検討していたそうなのですが、クルマを買わずに免許の返納を選択したそうです。当然、祖父母にとって古くなって乗らないクルマは必要ないとのこととなったのですが、丁度自分の免許取得の時期が重なりブルーバードを引き継ぐことができました」
1993年生まれのひらくえさんはブルーバードの購入時19歳。
自身より年上となる91年生まれのブルーバードはあまりにも思い入れのあるクルマだったそう。
譲渡される際、祖母からは「こんなの乗るの?」といわれてしまったそうだが、幼少期からクルマ好きだったひらくえさんにとってブルーバード、もといセダンという存在は特に大きな存在だったのだ。
■自我が芽生えるより先にクルマが好き。DNAレベルで愛してる
両親ともにクルマには興味のない家に育ったというひらくえさん。
しかし、幼少期のひらくえさんを見た両親は「この子、ヤバいくらいクルマ好きなんじゃないかしら」と気づき始めることとなる。
「1歳になるかどうかの頃に、父方の祖母がトミカのセドリックの赤いミニカーを買ってくれたんです。数ある玩具のなかでもそれが特にお気に入りで、肌身離さず持ち歩き続けていたらしいです。また、ベビーカーに乗っていた頃から街行くクルマに関心を持ち続けていたらしいんです。今とほとんど変わりませんね(笑)」
強くクルマに惹かれていく我が子を見過ごせないひらくえさんのご両親。
その興味の眼差しに徐々に理解を示してくれたという。
「両親はクルマには興味のない人でしたが、小さな頃の僕のクルマ趣味に理解を示してくれたことに感謝しています。例えば、2歳のときに東京モーターショーに連れて行ってくれたり、そのなかでも古いクルマが好きらしいということを汲み取り、関東からわざわざ日本海クラシックカーレビューに連れて行ってくれたりしたこともありました」
ご両親の協力もあり、DNAレベルでクルマが刻み込まれていったひらくえさん。
とはいえ30歳を目前に一切ブレずにクルマ趣味を続けてこれたのは自分でも不思議なことだそう。
小、中、高等学校と己の道を進み続けたひらくえさん。
18歳の頃に免許を取得し、専門学校に進学した後はこのクルマで通学もしていたそうだ。
「整備士などを養成する自動車系の専門学校に通っていたのですが、当時すでに古い型のブルーバードで通学することは珍しい存在でした。大がかりな作業はプロに依頼していますが、スピーカーを取り付けたり最低限のメンテナンスは自分で行うようにしています」
車体から異音がしたりすると、故障個所の予測を立て予防整備をすることも少なくないとか。
ひらくえ家で28年もの間所有しているRAV4とともに物持ちが良いのは、日頃の付き合い方やエピソードからも垣間見ることができる。
■「ブルーバードが好きだ」シンプルなクルマの素性に惚れる
「気に入っているところはクルマ自体がシンプルなところですね。華美なところはなく、走る・曲がる・止まるに難なく応えてくれることがすごく気に入っているんです。CMのキャッチコピーのとおりで、"ブルーバードが好きだ"なんですよね」
そう話すとおり、ブルーバードは当時のバブル真っただなかのミドルクラスセダンを思い返しても豪華すぎる装備は奢られていない。
しかしながらカーステレオにエアコン、パワーウインドウなど、令和の世にあっても最低限欲しいものが装備されていることも不満が生まれないことのファクターであろう。
それにデザインにおいてもシンプルでありつつ、ナチュラルな凛々しさを感じる。
エンジンはSR18DE、1.8リッターの名機だ。
ミッションは5MTで日常生活に何ら不満はないという。
この10年間のなかでブルーバードとはどんな思い出が詰まっているのだろうか。
「このクルマと過ごした思い出はいろいろありますね。自分はSNSをやっていないのでインターネットを通じた出会いは数少ないのですが、リアルのイベントでブルーバードを見て声を掛けてくれた人と交友が拡がり、今では会えば何時間でも話せる深い仲になっています」
20代のクルマを取り巻く環境といえばSNSがありきになりつつある昨今、リアルでの出会いから始まる仲はかけがえのないものとなるだろう。
「クルマってコミュニケーションのツールだなあとつくづく感じています。例えばクルマで4人で移動するとき、走行しながら生まれる会話や眺めた景色から生まれるアイデアがあると思っています。このブルーバードにはかなり沢山の人が乗ってくれて、その分生まれたエピソードが10年分の記憶が詰まっているといっても過言ではないですね」
きっとこれからも長い間の付き合いが続いていくんでしょうね、と筆者が投げかけると「頼むから部品の供給だけはつづいてください!」と切実な言葉を貰った。
「最近ではエンジンマウントにダメージがあり、メーカーからは4つあるうちの2つしか出ませんでした。その2つの交換で症状は良くなったので現状は快調そのものですが、これからは創意工夫で走ることもあるだろうな、と思いつつなるべく延命していきたいなと思いますね」
旧車属性に足を踏み入れつつある個体のオーナーとしてはその声がメーカーへと届いてくれると嬉しいものだ。
最近ではメーカーも部品の再生産に力を入れ始めているが、すべての車種でそれらが行われるのは生産上難しいことであろう。
「それでも、なんだかんだで乗っていくんだと思っています」
ひらくえさんからさらりと出た言葉はあまりに力強い。
祖父から受け継ぎしブルーバードは生産されてから32年目。
もうとっくの前から公道ですれ違う機会はほとんどない。
別れ際、懐かしい日産車のセルとエンジン音が響く。
去っていく後ろ姿にはまだまだいけるぞ、という気配が漂っているように思えた。
ひらくえさんとこの先もカタチあるかぎり、新たなエピソードを生み続けながらこの先も羽ばたくことを予感させながら。
[ライター・撮影/TUNA]