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これまで、S30系・フェアレディZを題材に【初級編】、【中級編】とお送りしてきました。
締めとなる今回の【マニアック編】では、そのタイトルの通りにS30系・フェアレディZのもっと深いところを掘り下げていきましょう。
そのメカニズムやシャーシの特徴などを踏まえて、S30系・フェアレディZが走行性能の面でどれだけ優れたポテンシャルを秘めているのかを、ヒモ解いていこうと思います。
Z好きの人も、旧車全体が好きな人も、知っておいて損は無い内容だと思います。
■シンプルなのに実力派、ストラット方式の足まわり
発売当時、240ZベースでWRC(世界ラリー選手権)に出場し、サファリラリーで圧勝したのは有名な話です。
この勝利の裏には販売戦略的な狙いも含まれると思いますが、実はZの足まわりの素性の良さが貢献していたようなのです。
S30系・フェアレディZの足まわり(サスペンション)は、4輪とも“ストラット式”の懸架方式です。
ストラット式とは、車軸のハブの下側をロアアームで支えて、上側はダンパーユニット一体式のストラット(直訳:支柱)が受け持つ方式のサスペンションのこと。
その特徴は何といってもシンプルなところ。
オーソドックスな“ダブルウイッシュボーン”方式の場合は、上下のアームを置く場所と、取り付けるフレームの受け、そしてダンパーのマウント部が必要になりますが、ストラット式の場合はロアアームのフレーム側の受けと、上部のストラットアッパーマウントがあれば事足りるので、構造的にシンプルで、スペース効率も自由度が高い方式となります。
デメリットは、負荷が高い車輌には向かないことです。
車重や速度による負荷が上部のストラットを曲げる方向に働いてしまう構造のため、あまり重量があるクルマや、超ハイグリップタイヤの使用には向きません。
その点、軽量でグリップがそれほど高くないタイヤを履いたZにはデメリットが少なく、適した方式と言えるでしょう。
レースでの勝利にはこのサスペンション方式が効いたと言っていいと思います。
そして、そのストラット式サスペンションの秘めた実力が引き出されていったのが、1980年代のゼロヨンブームのときでした。
当時は、思い思いに気に入った車種に自力でチューニングしたエンジンを搭載して、ゼロヨンを競い合っていました。
しかしレベルが上がるにつれ、同じくらいの馬力のエンジンなのに、例えば同じ日産車のスカイラインよりもZの方が速いということが浮き彫りになっていったのです。
Zの方が軽量に出来るという大きなアドバンテージはあったものの、実は足まわりの素性の良さが効いているのではないかと注目され始めました。
これはレベルが極まった近年のドラッグレースでも同じで、ドラッグ専用の大径タイヤと、靴が脱げるほどグリップする路面による超グリップの負荷にも、ほぼ純正のままで耐える足として使われ続けていることでも証明されています。
また、ステージを移して周回レースに目を向けても強さが際立っているのが分かります。
昨今一部で人気の「JCCA」などの旧車レースでも、同じL型エンジンを積む車種の中で頭ひとつふたつ抜け出た速さを魅せています。
タイヤは今どきのSタイヤを含むハイグリップタイヤを使い、300馬力以上にチューニングされたL型エンジンを搭載したモンスターなマシンでも、足まわりの基本的な部分はノーマルのまま通用しているのです。
さすがにダンパーは車高調に換え、アームの支持部はピロボールに等々、かなりモディファイは加えられていますが、基本的なストラット式を変更する車輌は見たことがありません。
これもストラット式の良さを証明する事実といえるでしょう。
ちなみにサーキットでは、レース向けに改造されたS30系・フェアレディZが、ノーマル+αの34GT-Rを追い回しているシーンをちょくちょく見掛けます。
もちろんドライバーの腕によりますが、充分以上な戦闘力を秘めていると言っても過言ではありません。
■車体の軽さが運動性能の良さに大貢献
50年も前の旧い設計のクルマで、今のように樹脂や軽合金などはまだ多用されていない時代に生産されたZ。
けっこう重いんじゃないかと思っている人も少なくないのではないでしょうか。
自分もそんな一人でしたが、実際は思ったよりもかなり軽量な車輌なんです。
カタログ値では、最も軽い初期モデルで975kg。
最後期の重い2by2モデルでも1100kg台という数値です。
現行車と比べれば、ダイハツ タントとホンダ フィットの中間くらいですね。
2リットルクラスの車格を考えるとかなり軽いと思います。
ネガティブな話をしてしまうと、この軽量さはコストダウンの産物によるところという側面があります。
北米向けの低価格帯スポーツカーを開発するにあたって、構造をシンプルにして部材を少なく済ませるというテーマを盛り込んで設計された結果、ローコストで軽量なシャーシができあがりました。
しかし、さすがに旧い設計でローコストを狙ったため、一部にしわ寄せが出る部分もあったようです。
ルーフと後部のCピラーを繋ぐ箇所に、走行や屋根への衝撃の負荷でわずかなシワが寄る個体がチラホラあるよという話は、その筋では比較的有名です。
とはいえ、軽さは運動性能の追求には最優位なポイントであることには違いありません。
実際に乗ってみてもそれは感じられますし、旧車同士でおこなわれるレースでは、大きなアドバンテージだと捉えている人がほとんどでしょう。
実際の勝率やタイムにも、事実として現れています。
ちなみに、ボディ剛性が周回レース車輌ほど必要とされないゼロヨン車輌での例ですが、最も軽量な初期モデルをベースにすると、800kg台まで軽くすることが可能だそうです。
驚きですね。
■ステアリング方式にも注目
これはかなりマニアックなポイントですが、S30系・フェアレディZのステアリング方式も、スポーツ性能に良く働いているという話を聞きます。
S30系・フェアレディZのステアリング方式は、今ではほとんどのクルマに採用されている「ラック&ピニオン式」。
ステアリングシャフトの先に付いたギヤで、歯が付いたシャフトを左右に動かす方式です。
こんな普通な方式のどこがアドバンテージなの?と思うでしょう。
それは、この時期の日産車の主流が「ボール&ナット方式」だったからなんです。
これには、当時の日産車、特にプリンス系の流れを汲むスカイラインやグロリアなどがお手本にした、ヨーロッパのGTカーがこの方式を採用していたという背景がありました。
当時は「“あの”ボール&ナット式」を採用、とアピールできた時代でしたが、路面の凸凹を拾ってハンドルにショックが来たり、調整しないとガタが大きくなって直進安定性に問題が出たりと、デメリットも多い方式でした。
その点、ラック&ピニオン式ならダイレクト感が高いわりに路面のキックバックも少なく、操作が軽くてシンプル、という良いことずくめ。
当時は認知度が低くアピール弱めだったのですが、次第に浸透して今は主流になっていることからも、優れている方式なのが分かると思います。
余談ですが、サーキット走行が好きな人の中には、スカイラインをラック&ピニオンに改造してしまう人もいるほどです。
■S30系・フェアレディZの素性の良さを堪能してみよう
ハイパフォーマンスなモディファイにも対応できる素性の高さを秘めたS30系・フェアレディZのシャーシですが、フルノーマルでもその良さは充分堪能できる味わいを備えています。
まずは車体の軽さ。
クラッチをつないで走り出すと、2リッターのやや頼りないトルクでも、スルスルと前に進んでくれます。
ここからアクセルを踏み込むと、グッとタメを見せた後にグゥーーっと勢いがノッていくのが楽しめます。
エンジンの特性的に決して鋭い加速とはいえませんが、アクセルに対する車体の追従感は鈍くありません。
交差点を曲がる際も、適度な外向きロールを出しつつ、軽やかな印象を感じさせながら曲がっていくのも楽しめるでしょう。
ストラット式サスペンションのダンパーは結構ストロークが多めなので、ゆったり走るのに向いていると思います。
路面の段差を乗り越えるときは、今どきのクルマのように足だけで衝撃を逃がす感じとはまったく異なるフィーリング。
まずタイヤが持ち上がった感じが伝わってきて、ダンパーが縮みます。
そのとき車体がわずかに持ち上がる感じがあって、少し耐えた後にバネの力で足が伸びようとするのを感じながら、弱めの減衰力で車体のハネが抑えられているのも同時に感じ、車体が元の位置に落ち着く…という印象です。
当時はスポーティな味付けだったと思いますが、今の感覚で見ると、波を乗り越える船のような感覚を連想する足まわり。
まさにゆったりと走るのが気持ち良く感じられるでしょう。
気が付くと、セカセカと急ぐ気分が身を潜めていくのが不思議です。
山道で少しペースを上げて走ってみると、街中のゆったり感の印象が払拭され、意外とキビキビと走れるのに驚きます。
さすがにロールは大きめですが、カーブのアールに合わせて荷重を意識しながら曲がっていくと、思ったよりも足が踏ん張ってくれるのを感じられます。
キツめの登りはエンジンパワー的に厳しいですが、Zに適したペースで走る山道は、今のクルマでは味わえない醍醐味を感じさせてくれるでしょう。
もしこれに味を占めて山道を頻繁に走るなら、ブレーキだけは強化しておくことをオススメします。
スポーツ系のパッドに交換するだけでも違いますし、ボルトオンで交換できる4ポッドキャリパーに交換するとより安心だと思います。
あと、個人的には純正のプロファイルに近いサイズの185/60R14タイヤくらいが、当時の乗り味をより堪能できるのでオススメです。
見た目に関しても、このサイドウォールが広めなタイヤのバランスが、ノーマルルックのZにマッチすると思っています。
■S30系・フェアレディZといえば「悪魔のZ」。その実現度を想定してみる
このように、50年前に作られたクルマとは思えないくらいに高いポテンシャルを秘めていることが、各方面で証明されているS30系・フェアレディZ。
実際に、あのマンガで有名な「悪魔のZ」のように300キロの世界でバトルが出来るのでしょうか?
そこ、かなり気になりますね。
実は私、「湾岸ミッドナイト」を夢中で読んでいた頃は、まだ実際のS30系・フェアレディZの性能についてまったく知りませんでした。
しかし、読み進むにつれて「なんか妙にリアリティがあるなぁ」とぼんやり感じていたのも事実です。
それが、改めてS30系・フェアレディZの、カスタムベース車としてのポテンシャルを知ることになってから、「楠先生はけっこうしっかりリサーチしてるなー」と関心すると同時に、やっぱりこの人はこのテのジャンルが根っから好きなんだと感じました。
まず、エンジンのチューニングから見ていきましょう。
L28改の3.1リットル仕様というのはベストチョイスかと思います。
ボアアップの3リットル仕様では下のトルクが足りず、ボア&ストロークアップの3.2リットル仕様では発熱量の面で厳しいのではないかと思います。
ピストンはマーレ製との表記がありました。
純正流用でないのは、圧縮比とピストントップ形状を追い込みたかったからでしょう。
超ハイブーストを狙っているなら鍛造は必須なので、その線でも純正はナシですね。
コンロッドはチタンだそうで、ちょっと時代を感じますが、形状次第で耐えるでしょう。
クランクはワンオフのフルカウンター。
LD28流用は強度の面で不安がありますので、これも説得力があります。
タービンはTD06とあります。
最大サイズを選べばツインのフルブーストで700馬力は狙える風量ですが、サイズを落として500馬力程度に抑えれば、街乗りもなんとかこなせそうです。
問題はキャブだという点。
燃調の安全マージンや温度変化への追従などを考えると、だいぶ厳しいのでは?と感じます。
追加インジェクターを打っても相当苦労したという話をいくつも聞きました。
その点だけは“スゴ腕チューナー”のミラクルに期待する部分ですね。
車体と足まわりはどうでしょうか?
ボディに関しては、フルスポット増しと室内のロールバー程度では、超高速のバトルに追従するのは至難の業だと思います。
「身をよじるような」が例えでは済まないでしょう。
劇中でもクラッシュしたのをきっかけに大改修していますので、その点は改善できたと思って良いのでしょう。
足まわりに関しては記述が見付けられませんでしたが、剛性のある車高調にしてリヤのアームを強化品に替えれば、足がヨレるということにはならないと思います。
駆動系の記述は見当たりませんでしたが、さすがに純正では強度が不安です。
R32スカイラインなど、250馬力以上の設計の車種からの流用が必須でしょう。
シャーシ関連での不安はブレーキです。
純正のローター径ではまずお話になりません。
320mmは欲しいところですが、劇中で履いている「エイトスポーク」は16インチでも収まりきらないでしょう。
ローターが収まるサイズに留めるとフェードするという不安が残りますが、そちらはアキオくんの神テクでカバーできるに違いありません。
そうだと信じましょう…。
とまあ、ちょっといじわるに細かくツッ込んでしまいましたが、ここまでツッ込めるほどに設定がしっかりしているマンガはかなり珍しいといえます。
正直な感想は、これだけ設定がしっかりしてるからこそ、読者目線でも首都高バトルに入り込めたんだと思いました。
今見直しても楽しめるすばらしい作品だと思います。
■おわりに
ローコストをテーマに開発された車輌が、50年以上経った今でもその性能の良さを認められているという事実は、開発車冥利に尽きるのではないかと思います。
これは個人的な見解ですが、同じコンセプトを持つトヨタ「AE86」が後年まで人気を維持して、モータースポーツの世界でも一線級の戦闘力を披露している点に妙な共通点を感じています。
モディファイしてサーキット走行を楽しむも良し、フルノーマルで当時の乗り味を堪能するも良し、それぞれの想いを受け止めて輝き続けるS30系・フェアレディZは、紛れもなく日本の誇る名車と言って良いと思います。
[ライター・往 機人 / 画像・日産]