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国産車および輸入車を問わず、これまで多くのオーナーさんにお会いし、取材する機会に恵まれた。
気づけばのべ1000人近い方にお会いして、愛車に対する想いをお聞きしてきた。
いずれも「自他ともに認めるクルマ好き」に位置付けられる方たちばかりだ。
老若男女問わず、愛車への想い入れがケタ違いに強く、そして深い。
取材を終えたあるとき、これだけの熱量を帯びている方には共通する理由があることに気づいた。
それは「強烈な原体験」が、現在の愛車を手に入れる動機となり、さまざまな困難に直面しても、心変わりすることなく維持するモチベーションにつながっている方が本当に多いのだ(実は、筆者もそのひとりだ)。
そこで今回、「強烈な原体験の重要性」について紐解いてみたいと思う。
■「強烈な原体験」がその後のカーライフを大きく左右する
オーナーインタビューをしていると、幼少期の頃「父親がクルマ好きで自宅のリビングにクルマのカタログや自動車雑誌が何冊も置いてあった」あるいは「祖父母の家に遊びにいくたびに買ってくれたトミカ。こんなにたくさんのクルマがあることを知り、興味を持った」などなど、置かれていた環境が大きく影響していることが多いように思う。
なかでもアラフィフ世代の方にインタビューすると、スーパーカーブームが強烈な原体験となり、クルマが好きになったというエピソードを伺う機会がとても多い。
これが20代〜30代前半くらいの方であれば、頭文字Dや湾岸ミッドナイト、グランツーリスモ、ワイルド・スピードシリーズといった、漫画やゲーム、映画などが原体験になっている人が多いように思う。
また、成人になってから強烈な原体験をした方ももちろん存在する。
たとえばこんなエピソードを伺ったことがある。
「仕事帰り、バス停のところに立っていたら、黒い2ドアのクルマがサーッととおり過ぎて、リアガーニッシュに『MR2』の文字が見えた。そこから夢中で調べ、実際にMR2を手に入れた」といった具合に、突然の出会いが、その後のカーライフを大きく変えることになった方も実在する。
強烈な原体験のエピソードは本当に人それぞれ。
たとえ、それが兄弟であってもだ。
いずれも「そのときのできごとを鮮明に記憶している」点は、驚くほど共通している。
■原体験が強烈であればあるほど上書きが難しい
私事で恐縮だが、筆者が17才・高校3年生のときに体験した「ポルシェショック」が、その後のカーライフはおろか、人生まで変えてしまった。
要約すると、ある方のご厚意で、当時のポルシェの正規ディーラーで試乗車に同乗走行させてもらう機会があった。
自分にとっては、30分弱の試乗で、その後で人生が変わってしまうほどの強烈な原体験だった。
それだけに、30年以上経ったいまでも、当時の記憶が強烈に残っている。
ディーラーの試乗車は964型のカレラ2(MT)、ボディカラーはルビーストーンレッド。
後に、漫画「彼女のカレラ」にも登場するボディカラーのそのものだ。
ディーラーのメカニック氏がサービス精神旺盛な方だったのか、空冷エンジンをブン回し、蹴飛ばすようにブレーキを踏んでくれたのだ。
それまでスポーツカーというクルマに同乗したことがなかったので、余計に強烈な体験になったのかもしれない。
そして帰り際、ポルシェのカタログをいただいた。
帰宅してから改めて読んでみた。
身分不相応極まりないが、不覚にも「自分も欲しい」と思ってしまったのだ。
しかし、新車価格が1000万円以上、当時、時給750円でアルバイトしていた身にはあまりにも別次元の存在だった。
その後、運転免許を取得し、成人して年齢を重ねていっても「いつか自分の911を所有してみたいという」想いが消えることはなかった。
深夜、ママチャリに乗って30kmくらい離れたショールームまで何度も観に行ったこともあったし、911の特集が組まれた雑誌は片っ端から手に入れた。
CGTV(カーグラフィックTV)で911が特集された回にオンエアされた曲名が知りたくなり、制作会社の方に頼み込んでオンエアリストを送ってもらったこともあった(笑)。
その後、紆余曲折あって、自動車関連業に従事するようになった。
仕事をつうじて国内外のさまざまなクルマに触れる機会に恵まれたが、とうとうポルシェ911を超える存在に出会えなかった。
で、どうしたかというと、空冷バブルが起こる寸前に、ボロボロのナローポルシェを手に入れ、復元し、どうにかこうにか現在も所有している。
一念岩をも通したのだ。
■原体験はできるだけ幼少期の方がいい?
これは筆者の持論だが「原体験はできるだけ早い方がいい」と思う。
もちろん、それには理由がある。
「いわゆる『禁欲期間』が長ければ長いほど、達せられたときの喜びが大きい点」と「憧れのクルマを手に入れるべく頑張ろうという明確な目標がひとつ定まる」の2点が挙げられる。
毎日を漫然と過ごすよりも、明確な目標を決めた方が生活にもハリがでるはずだ。
ただ、これには思わぬ落とし穴がある。
長年の想いが成就した瞬間、気持ちが冷めてしまう方が一定数いるのだ。
また、理想と現実との違いに直面し、何かのアクシデントに遭遇して一気に冷めてしまうケースもままある。
もしかしたら、手に入れることが目的で、その先のことを描いていなかったのかもしれない。
あるいは、憧れを美化しすぎてしまった、ということもあるだろう。
「憧れのクルマを手に入れることはゴールではなく、スタート」だということを認識し、手に入れてからのカーライフをイメージしていおく必要があるのかもしれない。
■まとめ:のべ1000人のオーナーを取材して気づいた「強烈な原体験の大切さ」とは?
人それぞれ、いま置かれているさまざまな境遇があるし、そう簡単にコトが進まないことも現実問題としてあるだろう。
いっぽうで、冷静に考えてみると、人生を変えるほど・・・は大げさとしても、寝ても覚めても忘れられない、いつか自分のモノにしよう、したいと思える存在って、生きているうちにそう出会えない気がする。
「憧れは憧れのままでいい」というのであれば、すでに自分の気持ちに決着がついているので問題はないが、いまこの瞬間も「強烈な原体験が忘れられずモヤモヤしている」としたら・・・。
どんな形でもいい、夢の実現に向けてまずは一歩踏み出してみることで「きっと何かが動き出す」はずだ。
原体験が強烈であればあるほど、勇気ある一歩の大きな起爆剤となってくれるに違いない。
この記事が、そんな方が一歩踏み出す動機付けとなれば幸いだ。
[ライター・撮影/松村透]