好景気に沸いたバブル景気。
当時を生きた世代にその頃の様子を伺うと「ウチはそんなに恩恵に与ってないわよ〜」なんて聞くのだが、実際のところの消費者行動は2023年よりリッチに感じる。
ちなみに筆者は1990年生まれで、80年代後半に造成された新興住宅地で育った。
最近になって地元を歩くと、公園や住宅地の入口の看板近くのコミュニティ施設などを含めてお金がかかっているなあ、というのが正直な印象だ。
今では多くの日本の都市と同じように高齢化が進み、子どもたちの声は昔より少なくなったと思う。
あまりにテンプレート的な情景だが、ひび割れたままの住宅街の道路と取り外されたままの公園の遊具はどこか物悲しさを感じる。
往時の北海道の住宅街でよく見かけたクルマといえば、ハイラックスサーフやライトエース、パジェロなど4WDとディーゼルの車種が多く、それもグレードはどれも低くなかった。
そのなかでもやはりセダン系の存在感は幼心に影響を与えていたと思う。
ところ変わって90年代の前半、西東京の街に一人のクルマ好き少年がいた。
街は古い団地にメタボリズムを与えながら煌びやかなニュータウンが完成していく。
変化していく街並みを、父親が運転する白いハードトップから覗いた少年時代。
その記憶に触れてみたいと思う。
■ハードトップの車窓から
オーナー氏は今年35歳。
ものづくりの現場に携わるいわば“職人”といって良い職業だ。
東京で生を受け、現在は地方都市に在住している。
「クルマが好きだった兄や父の影響もあって、自然とクルマ好きになっていました。特に歳の離れた兄がミニカーやカタログを集めていたりしたので、興味を惹かれるのは90年代の乗用車が多かったんです」
そんなオーナー氏の心に突き刺さっていたのが、父親が乗っていた7代目のスカイライン“GTターボ”だった。
「生まれた頃に家にあったのが7thスカイラインのハードトップだったんです。色はホワイトでしたが、グレードはパサージュなどとは異なり地味な印象の車両だったと記憶しています。それでも、CMやカタログで謳い文句になっていた“都市工学です”という言葉に憧れていましたし、街の情景にまさにマッチするクルマだなあという印象でした」
今でも、ときどきではあるが、カタログやミニカーの収集をしているというオーナー氏だが、当時からスカイラインのカタログは穴が開くほど眺めたという。
当時、父親の仕事も好調だったといい、物持ちの良いオーナー氏の一家にも好景気に乗っかり、新しいクルマに乗り換えるタイミングとなった。
スカイラインにも深い愛着があったそうだが、乗り換えに際して白羽の矢が当たったのがトヨタ・マークIIだった。
「我が家に来たのは後期型の2.5リッター、グランデでした。子ども心にも内装の触り心地やドアの音ひとつとっても贅沢なクルマで、ものすごくカッコいいクルマがやってきたぞ!という気持ちになりましたね。例えば、父と買い物に行ったり洗車に行ったりと、ささやかなシーンでも印象深い記憶が多く“クルマといえばこれ!”という気持ちなんです」
90年代も後半になり、オーナー氏の一家は地方都市へと移住。
その後住んでいた地域での使い勝手もあり、マークIIは初代のムーヴへと入れ替えられた。
だが、一度火がついたクルマ好き少年の火は消えることなく大きく燃え盛っていく。
「卒業後、エンジニアリング関係の仕事に就きました。そこは自動車にもまつわる環境で質感などを追求する場所でもありました。就職後には元来のクルマ好きが目を覚まし、アルファロメオ・GTVを購入して取り憑かれたようにドライブに明け暮れていたのですが、車両トラブルも多く乗り換えを検討し始めました」
実はアルファロメオを所有しながらも、常々中古車サイトでマークIIやスカイラインを眺めてはいたというオーナー氏。
店頭で実際に触れてしまうと欲しいという気持ちが加速してしまい、掲載されていたマークIIを見に行ったその場で即決したそうだ。
■さまざまなオプションが組み合わされたマークIIにひとめぼれ
1991年式の80系マークIIハードトップはモデルのなかでも後期にあたる。
販売面でもメガヒットを記録した同車は、販売店独自でさまざまな仕様や初代オーナーが注文したであろう大量に用意されたオプションの数々で、特異な個体も多く存在する。
オーナー氏のマークIIもいわゆるそんな個体で、2.5GTを基本としながらも細部の仕様が異なる。
例えば、ハイマウントストップランプ内蔵のトランクスポイラーとリアガラス内側のハイマウントストップランプがダブルで取り付けられていたり、グレーの内装にブルーガラス、クリアランスソナーの装備やスペアタイヤまでアルミホイールになっているなどなど…なかなか珍しい組み合わせの個体だ。
「走行距離や個体の程度を重視で購入したのですが、現物を見ると珍しい装備の組み合わせが揃った個体であることに気づいたのも購入の決め手でした。何より、実際に乗り込んだときのフィーリングがよく、気に入ってしまいましたね。ボディが小さく、見切りと視界の良さが抜群に良いことも運転していて良いな、と思った点でした」
■クルマと未来へ行くために
オーナー氏が購入してから約6年。
メカ類の交換はいろいろと行っているものの、日々の使用には問題なく活躍しているという。
長く使用していくなかでどんな部分が気に入っているか伺ってみることにした。
「マークIIは非常に元気よく走る部分が気に入っています。やはりターボが効いてからは胸のすくような加速感を味わえますね。また、部品類ひとつひとつの作り込み方がとてもしっかりしているのもこの時代の特徴かもしれません。シートや内装の触り心地、どこを触っても硬い印象がなく、現代でも高級感が感じられる仕上げになっている部分が気に入っています」
マークIIを前にして、内装の質感や乗り心地をさまざまな視点から語るオーナー氏は、さすがものづくりの現場にいる人だと思わざるを得ない。
そしてその口元から溢れる笑みからはこの個体が本当に好きなんだろう、という気持ちを強く感じさせる。
「今後、EVや燃料電池のクルマが出てきても乗れる限りはこのマークIIを手放すことはないでしょう。現在は機関係のリフレッシュに重点をおき整備をしていますが、今後は外装のリペアも行っていけたらいいなと思っています。もし手に入るのならば、新型のZなども近年の内燃機関エンジンのクルマとして非常に気になっている存在ですが、きっとこのまま浮気せずマークIIを所有していくような気がしていますね(笑)」
取材を終えて、オーナー氏とマークIIは走り出す。
取材場所は偶然にも住宅街となり、情景があの日見たニュータウンと重なる。
すでに生産から30年以上が経過した車両。そして人々の営みとともに歴史を重ねていく街並み。
そんななか、マークIIはこの先も生き続けていくことだろう。
JZエンジンの静かな響きが住宅街の空間に小さく反響する。
その音色は将来、街や自動車のカタチがどんなに変わろうとも、マークIIが今後も変わらない姿を約束してくれているかのようだった。
[ライター・撮影/TUNA]