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「日々の景色に3ドアクーペを。」ホンダ・インテグラ タイプS(2006年式)
旧車の愛好家たち2023.01.23

「日々の景色に3ドアクーペを。」ホンダ・インテグラ タイプS(2006年式)

年々高くなる税金に燃料代...。 ネオ・クラシックな趣味車の値段はここ近年特に高くなり「ああ、あのとき買っておけば...」なんてことも多々ある。 とはいっても、自分の身体は一つしかなく、生活のなかでクルマを楽しめる時間は意外と僅か。 家族とのライフスタイルなどなど、さまざまな制約と限られた時間のなかでマイカーを愛でるひとときはもはや至福の時間といっていい。 今回、紹介する優さんは筆者が10年ほど前に出会い、以前スカイライン セダンのオーナーとしてインタビューをさせていただいたオーナーさんだ。 22歳でスカイラインを購入した青年は1児の父となり、生活を彩る風景も大きく変わったことだろう。 家族とカーライフを両立しながらも、現在は所有して3年目となるホンダ・インテグラタイプS(2006年式)を所有。 独身だった20代前半から子持ちのアラサーへ...。 ひとりのクルマ好きの近況と情景を切り取ってみたくなり、再度インタビューを申し込むことにした。 ■「今乗っておきたいクルマ」という気持ちの赴くままに・・・ 優さんは今年で32歳になる。 中学時代に雑誌で眺めたFR車の姿や、当時の恩師からの影響もあり、スポーツタイプの車両への興味は少年時代から強かった。 先述の通り、22歳で初代愛車の日産・スカイライン セダン(R34型) 25GT-Xを購入。 スカイラインを所有して4年程経過したころ、昔から乗ってみたかったMT車を所有するために運転免許の限定解除を行って、マツダ・ロードスター(NB型)を購入。 夢のFR車2台体制が実現する。 月極駐車場を2台分借り、無敵の独身貴族を味わいながらFR車を乗り比べる蜜月を過ごしていた優さんだったが、28歳のときにめでたく結婚。 奥様の愛車だったスズキ・ワゴンRスティングレーと3台体制となる。 「結婚をしてからもクルマ好きは諦められないと思う...ということは先に断りを入れておきながらも、車高の低い車を2台・軽自動車1台を所有するのは持て余し始めていました」 幸いなことに、奥様はクルマ趣味に理解のある方で「気が済むまで所有していれば良い」との言葉をかけてくれていたそうだが、将来的に生まれる第一子のためにも2台の乗用車を1台にまとめ、ワゴンRを別のクルマに入れ替える”所有車一斉入れ替え”を検討し始めた。 メインカーの予算は150万円までで、”とにかく奇麗なこと”と“今、この時代に乗っておきたいクルマ”を最優先。 2000年代に発売されたモデルで、気持ちの赴くままリストアップを行っていったとか。 ■趣味車とメインカーの関係性 クルマ好きが次期愛車となる候補を探す時間は格別な期間といえるだろう。 会社の同僚を誘い、県内の中古車店をウキウキで行脚する姿を奥さまは「お年玉をもらった少年のようだった」と表現する。 「最初は4ドアで利便性の高い(?)インプレッサWRXやランサー セダンが候補に入っていました。他にもルノー・ルーテシアやオデッセイのアブソルートなど、実用と興味を兼ね備えた車種をノージャンルで探していたのですが、広すぎる選択肢のせいで大きく迷い始めてしまいました」 ▲丸型のテールがオーナー氏のお気に入り。ローウィングスポイラーはタイプRにも設定はあるが、大人っぽい雰囲気がクーペスタイルを惹きたてる そんな最中、新車ディーラーで気に入ったN-BOXカスタムをワゴンRと衝動的に入れ替えることとなる。 「新車の軽自動車はこんなに快適なのか...」と感銘を受けた優さん。 スライドドアに先進装備の数々。 「子育てをするなら、むしろファーストカーはこれでいいのでは?」とすら思えるほど。 それなら、いっそのことボディタイプに制限を設けずに選んでみようと考えた優さんの脳裏に、キラキラと煌めきを放ちはじめた1台のモデルがあった。 それがホンダ・インテグラだった。 ■「タイプS」であることは絶対にゆずれない 「知人たちがアコードやシビックに乗っていて、2000年代のホンダ車にある雰囲気にずっと惹かれていました」 中古車を探し始めた2020年のころでも、走行距離の少ない、しかもMTのインテグラを見つけるのは時間がかかった。 しかし、幸いにもホンダディーラーの中古車でワンオーナーの個体を手に入れることができた。 ▲タイプSに専用意匠の部品は多いがメーターもそのひとつ。基本デザインは似ていながらも、タコメーターは8000回転までとなり、ロゴもタイプS専用だ 美しいボディには大きな傷もなく、ヘッドランプの交換だけで新車当時を偲ばせる雰囲気を取り戻している。 「走りや操作感もさることながら、内装の仕上げにおける海外を意識した作りが妙にカッコいいと思えまして...あえてタイトなタイプRではなく後期型のタイプSにこだわりました」 華美ではないが、スッキリとした雰囲気の良い空間が漂う内装。 3ドアクーペでありながら、窮屈ではない居住空間。 なるほど、現地仕様にコンバージョンを行わなくてもアメリカンな雰囲気を感じずにはいられない。 ▲ドライバーオリエンテッドなコクピット。ステアリングはMOMOの本革巻き 隅々まで磨き上げられたエンジンルームにはK20A DOHC i-VTECが積まれる。 のびやかなエンジンフィールは、目を三角に尖らせなくても充分に気持ちの良いドライブを楽しませてくれそうだ。 「自分は子煩悩であるとも自覚してるんですが、時々ひとりになりたい時間もやっぱりあるんです。そんなとき、近所にあるワインディングを抜けて、缶コーヒーを飲み海沿いを走って帰ってくる。行って帰っても1時間程度の息抜きなんですが、最高の贅沢だと思っています。駐車場で振り返ったときにインテグラを眺めていると脳が喜んでいるのがわかりますね(笑)」 ▲エンジンは2リッター、160psを発揮するK20A。軽やかなエンジンフィールは扱いやすく、心地よいドライブのお供に最適だ 所有して3年目になるインテグラには小さな故障もほとんどなく、ノートラブルで優さんのカーライフを楽しませている。 ノーマル然とした佇まいを愛する優さんにとって、今この姿が理想的な完成形だ。 インタビューの最後に今後の愛車との付き合い方について伺ってみることにした。 「理想的な個体に出会え、数年経った今でも飽きることはありません。ただ、人生のなかであと何台のクルマを所有できるだろうか...とふいに思ったりもします。家族と営む生活と同じように、自分のクルマに対する経験値も大事にしていきたいと考えているので、何かのきっかけがあればまた愛車探しの時期がやってくるのかもしれませんね」 そんなことをいいながらも、優さんは愛車のリアビューを眺めては顔を綻ばせている。 まだまだ愛しのインテグラとの生活は続きそうだな...と筆者は予感しながらも、この先、優さんの目の前にどんなカーライフがさらに広がっていくのか。 今から楽しみでならない。 [ライター・撮影/TUNA]  

「蘇える記憶」ニコイチで生まれ変わったダイハツ・リーザとともに。
旧車の愛好家たち2022.12.30

「蘇える記憶」ニコイチで生まれ変わったダイハツ・リーザとともに。

■力強く駆けるボディにオレンジ色の光を宿して 取材の日は朝からあいにくの雨だった。 降りしきる雨粒の向こうから力強く駆けてくるオレンジ色のポジションライトの光を見たとき、ふと筆者の脳裏に幼少期の記憶がフラッシュバックする。 「モナ・リザのように愛されるクルマを───」 そう願い、命名されたクルマがあると昔、雑誌で読んだ。 筆者の実家にあったダイハツの軽自動車の名前がそれだった。 そのクルマは90年代半ばですら既に街中では珍しく、同車のプラモデルを駄菓子屋で見つけたとき驚きの声を上げてしまったのをよく覚えている。 天気が悪い日の夕方、両親があのオレンジ色の光とともに保育所へと迎えに来てくれたことを思い出すと、懐かしい気持ちとともにクルマへと感じていた頼もしさの原風景がそこに広がるようだ。 今回紹介する「はまっちさん」が所有するのはダイハツ・リーザ。 グレードはOXYⅡで年式は1988年式だ。 土砂降りの雨のなかを駆け抜ける小さなボディは、クルマのカッコよさ・たくましさそのものを体現している。 だが、これほどに力強く走るリーザも、実は長い間眠りについていた個体。 それどころか、はまっちさんのリーザ愛がなければ公道へと復帰することがなかったかもしれない。 いわば蘇った存在だ。 2台の部品取り車から再び公道へと「蘇り」を果たしたリーザと、愛にあふれるオーナーの物語を少しだけ覗かせてもらおう。 ■「雑誌広告に惚れぼれ」Uターンして即契約!愛しの初代リーザ ダイハツ・リーザは1986年にデビュー。 まだボンネットバンタイプの軽自動車が主流だった時代、スタイリッシュな3ドアクーペスタイルとして発売された。 いつの時代も軽自動車には個性が輝くモデルが多く存在する。 リーザも軽のスペシャリティカーらしく、軽自動車初のフルトリム化や、オープンモデルの「スパイダー」を追加し、名実ともに実用車としてだけではないムードを漂わせる存在だった。 もちろん現代の視点からもそれは衰えることなく、唯一無二のスタイリングは今も輝いて見える。 はまっちさんがこのリーザを購入したのは2019年の8月。 現在は所有してから3年目だ。 はまっちさんはかつてリーザを所有していたことがある。 それは1989年に購入した、全国400台限定車のOXY。 色はガンメタリックだった。 「元々、別の軽自動車に乗っていたんです。そのクルマはオートマチックでとても遅く、少し物足りなかったんです。しかし、あるとき、雑誌の背表紙に載っていたリーザの広告を見つけて”こんなクルマがあるんだ!”と一目ぼれしてしまいました」 それから1年ほどはオートマの軽を所有し続けたはまっちさん。 ある日、幹線道路沿いのモータースの横を通りかかり、店先に並ぶリーザの姿を目にしたという。 その存在感にいてもたってもいられず、来た道をUターンしてすぐさま店頭で契約の話へと弾んでしまうほどの強烈な出会いだったそうだ。 「購入してからは後付けでエアコンやフォグランプ、ブローオフバルブなども取り付けました。スキーキャリアを取り付けて雪山へ行ったりなど、8年ほど楽しみました」 クルマにまつわる趣味を楽しんでいたはまっちさんだったが、子育てなどを期にやがて変化が訪れていった。 ▲はまっちさんが目を奪われたのはこのスタイリング。特にリアスポイラーはお気に入りの決め手で、過去乗っていたリーザにも装着されていたため、見つけたときには運命を感じたそうだ。 ■別れと出会い、もう一度リーザに乗りたい!を叶えるために 家族が増えて、子育てが中心の生活へとシフトしていったはまっちさん。 それまで8年連れ添ったリーザだったが、より広く、より利便性の高いマツダ・デミオ(DW系)へと車両を入れ替えた。 だが...。 「リーザを手離すときは泣く泣くでした。本意ではなかったものの、生活が忙しくなるなかでクルマへの熱も我慢し続けていました。やがて子どもが手離れして、生活にも余裕が出てきた数年前、ふと“またMTに乗りたい...!“という気持ちが湧き上がって来たんです」 当時、すでにデミオからアクアに乗り換えていたはまっちさん。 「軽自動車ならもう一台維持することも現実的なのでは?」という考えと「どうしてもリーザをもう一度所有したい!」という気持ちが高まっていき、リーザ探しへと奔走することになった。 「一度、インターネットオークションにとても奇麗なリーザが出品されていて、気持ちはさらに昂ったんです。しかし、その個体はタッチの差で落札することができませんでした。長らく、良い個体との出会いが果たせず、ついにはリーザのオーナーズクラブに加入するようになっていました」 リーザが手に入れられないことを理由に、オーナーズクラブへ加入するほどの熱の入り込み方には恐れ入る。 しかし、そんなはまっちさんの行動力にリーザオーナーの方々も応えてくれ、リーザ探しに協力してもらえることになった。 ▲購入したグレードはOXYⅡ、元々のエンジンはキャブのターボ。元色はダークグレーだったものを、かつてのオーナーが赤く塗りなおしたものだという まず始めに紹介してもらったのはシルバーのTR-ZZ TFI。 1989年デビューのエアロつきのスポーティーなモデルだ。 しかしエンジンは無事なものの、足回りとフロント部分が事故で破損状態。 とてもそのまま走行できる状態ではなかったが、まず実車を見に行くことになったという。 ところが、置き場へ行くと隣に赤のOXYⅡが置かれていた。 既に多くの部品が取られてエンジンの調子が悪いドナー車だったが、ボディの状態は良好。 なんとその場で2台購入し、一台のリーザとして蘇らせる計画が始まったのだ。 ■とうとう見つけたリーザ。しかし立ちはだかる壁は低くない バブルの時代を経て販売され、追加仕様が増えていったリーザ。 時代に合わせて進化を遂げた存在だったが、それゆえに専用設計の部品が多く、レストアを行うには壁が立ちはだかった。 「シルバーのTR-ZZはEFI、OXYⅡはキャブ。エンジンは同じなので何とかなると楽観的でしたが、実際はインタークーラーの位置などが異なり、かなり加工が必要でした。ただ、整備工場の方々やパートナーの知恵と工夫でなんとか形にすることができました」 一言では語り尽くせないくらいの工程と時間を要したことは想像に難くない。 そして2台のリーザも再びこうして公道を走り、イベントの会場にまで並べる日が来ることを想像していなかっただろう。 はまっちさんは蘇ったリーザとともに、行動範囲も広がっていくようになる。 ▲エンジンはTR-ZZ用のEB型 直3 SOHC 550cc EFIターボ。車体はOXYⅡとニコイチして蘇った 「以前は“若者のクルマ離れ”なんて言葉を、同世代の方々が嘆いているのを耳にすることもありました。しかし、リーザに乗って実際に旧車のイベントやオフ会に出かけて行くと、自分の子どもよりも若い世代が深い知識を持って情熱的に語っているのを見ると”クルマ離れ”なんてないということを知ることができました」 ▲かつて平成元年に購入したリーザと改めて令和元年に購入したリーザ。当時のカタログを眺めながらエピソードに花が咲く。イベントでも注目されることが多くなった最近だが、はまっちさんにとってリーザはまだ完成していないという。 「オールペンもしてあげたいし、痛んでいる部品の多くは出てこないので製作することになるでしょう。でも、長年封印していた部分をアップデートしていくような気持ちで作り上げていけたらと思っています。今後もいろいろな場所に連れていきながら、人々の笑顔を増やしてくれるような車にできたら嬉しいですね!」 現在進行形で紡がれ続けるリーザとはまっちさんの物語。 オーナーの強い気持ちに応えるように、出会うべくして出会った相棒かのように見えてくる。 「蘇える記憶」が、未来へと繋がる道へと再びリーザを導いた。 これからどんな物語にであうのか、今から楽しみだ。 [ライター・撮影/TUNA]

日本車が元気に走る!不思議の国・インドのクルマ事情とは?
旧車の魅力と知識2022.12.23

日本車が元気に走る!不思議の国・インドのクルマ事情とは?

■インドの街並みとモータリゼーション ▲新型車も古くからのキャリーオーバーモデルも連なる市街地。その合間をバスやスクーターと自転車、徒歩の人までが行き交う パンデミック直前の2020年の冬、筆者はインディラ・ガンディー国際空港に降り立った。 外はデリバリーのタクシーでごった返し、南アジア独特のまとわりつくような空気を肌で感じとる。 不思議の国、インド。 その名を聞けばガンジス川にタージマハル。 神秘的な景色と歴史。 そのなかに力強く、目をギラつかせながら逞しく生きている人々の情景をつい思い浮かべてしまう。 ニュースで伺っている通りインド経済は右肩上がりで、やがて中国を抜いて世界で最も人口が多い国になるらしい。 当たり前のように多くの人はスマートフォンを持ち、都市部では電子決済システムの導入も珍しくない。 乗り合いタクシーのオートリキシャは順次EV化へと進んでおり、まだ設置箇所は一部ではあるが充電スポットなんかも街中で見るようになってきた。 インフラや道路が未整備に感じられる箇所も多く存在するものの、道路建設やショッピングモールも増えはじめた。 これでマンパワーがあれば、やがて他の新興国のように街全体が近代的に発展するのも時間の問題だろう…。 そんなことを考えながら、空港から市街地へと向かうトヨタ・エティオスセダンのタクシーから車窓の風景を眺めた。 ▲日本車の進出も大きい。手前がトヨタ・エティオス。奥がトヨタ・イノーバ エティオスは2011年からインドをはじとしたBRICs諸国へとデリバリーが始まったモデルで、2021年まで10年もの間販売されていたロングランモデルだ。 発売されてすぐの頃、ニュース記事に「気温の高い国で販売される同車種は、運転席に乗り込んだ瞬間に顔へと風を浴びられるように、大き目の丸型ルーバーを装備した」という記事を読んだ記憶がある。 当時は「デザインや設計にもさまざまな観点があるものなんだな」と感じていたものだが、蒸し暑いインドの気候のなか、ドライバーがまさに心地よくエアコンの風を浴びているのを見て、一人後部座席でほくそ笑んでしまった。 空港からニューデリーの駅前までは約50分ほどかかる。 ホテルにはギラギラの電飾が飾られ、四方八方からクラクションの音を響かせあう。 あまりにもひっきりなしに鳴らすので、インドのクルマは”クラクション自体”が故障することもあるそうだ。車両と車両の間はギリギリまで詰めてすぐに渋滞になるが、不思議なものでさほど事故を起こしている場面には遭遇しなかった。 ネットで有名な動画に、クルマが往来する車道を平然と渡っていくインド人の映像を見たことがある。 一体そのバランス感覚はどこで培ってくるものなのかはまさにインドの不思議のひとつだ。 実際にインド人に手を繋いでもらいながらたくさんの車が行き交う道を渡ってもらうと、止まったり怯むことなく平然と道を渡り切ってみせてくれるので、とても印象的な体験だった。 話を戻そう。勃興著しいインド市場。人々と経済が豊かになれば、当然のように欲されるのはクルマだ。 10年以上前、インドの大手現地メーカーのタタ社が10万ルピー(当時のレートで30万円以下)で日本の軽自動車よりも小さい「ナノ」という自動車を発売したのは衝撃的なニュースだった。 自動車とスクーターの中間を補うようなモデルだったが、都市部のニューデリーで現地の男性ドライバーにタタ・ナノの話を伺うと「ああ、あの小さいクルマね...悪くないけど、どうせお金を出して買うならセダンのほうが良くない?安全だし」とあっさり答えられてしまった。 日本のクルマ趣味人に聞かれた手前、自国の古いクルマに対して少し恥ずかしがって答えたようにも思われたが、実際ニューデリーの街中でタタ・ナノとすれ違う回数はそう多くなかったと思う ■ニューデリーにおける人気のジャンルとは? インドといっても非常に広い国であり、経済事情や産業によって必要とされるクルマは異なってくる。 インド国内でもいくつかの都市を見て回ったが、首都であるニューデリーではどんなクルマが流行っているのか。 世界の街角に生きているクルマの姿を切り取り続けている筆者目線で伝えていきたい。 街を見渡すとA〜Bセグメントのコンパクトカーの人気は絶大だ。 マルチスズキのアルト800をはじめ、現代・i10シリーズやタタ・TIAGOなどファミリーから若者、ビジネスカーとして使われる個体まであちこちにいる。 ワゴンRなども多数見かけるが、新車価格が日本円で50万円台から用意され、まさにエントリーカーとしての立ち位置を担い続けているアルトおよびその競合車種が一番の人気といって良いだろう。 ここ数年ではコンパクトカー派生のSUV系の人気が、各メーカー猛威をふるっている。 スズキでいうとAセグメントにあたるエスプレッソがそうだ。 車体は3565mmで軽自動車の寸法を僅かに伸ばした程度であるが、隆々としたボディワークはユニークだ。 海外勢だとルノーやヒュンダイからも同様の車種がリリースされ、街中ですれ違う機会が増えている。 特にポップなデザインは若者需要も巧みに掴み取っており、趣向をキャッチするのが上手いと感じる。 次いでセダンの台数もかなりを占めているように感じる。 これはタクシーで使用されるセダンの数が多いことにも由来するが、これからさらに大きく成長していくインド市場のなかで、”ちょっと良いクルマ像”を追い求めて購入するユーザーが多いことを象徴しているかのようだ。 とはいえ、海外のプレミアムカーであるメルセデスやBMWに関しては見かけると“いかにもお金持ち!”といった印象が強い。 街中で多く見かけるのはマルチスズキ・スイフトディザイアやタタ・Tigor、ヒュンダイ・AURAなどA~Bセグのコンパクト3BOXだ。 ハッチバックにノッチをつけたスタイリングはまさにインド市場的であり、愛嬌を感じさせるデザインだ。 しかし近年では、ハイグレードにもなるとディスプレイオーディオなど上級な装備の設定があり、内装色やパネル類にもこだわりを感じさせる”イイクルマ感”がしっかりと演出されていてなかなかに侮れない。 車種によってはバイフューエルエンジンも用意され、エコ・パフォーマンスに訴求するモデルも多い。 ここで旧車王ヒストリアの読者の皆さまには残念なお知らせだ。 インドでは排ガス規制である「バーラト・ステージⅥ」が実施され、古いクルマは以前よりいっそう姿を少なくさせつつある。 2020年時点でもマルチ・スズキ製のエスティーム(スズキ・カルタスエスティームのインド版)は見ることができたが、台数を減らしているであろうことは街中ですれ違う台数の少なさからも見受けられる。 インドにおけるタクシーの顔だったヒンドゥスタン・アンバサダーも2011年にタクシーとしての使用が禁止され、街中での遭遇回数はめっきりと少なくなっている。 2014年に販売が終了する頃までいすゞ製のディーゼルエンジンが積まれていたりなど、意外なところで日本メーカーとの繋がりがあるが、ヤングタイマーになる前に個体自体が数を減らしてしまうのかもしれない。 ■インドで出会う古いクルマたち! ・・・と、インドのモータリゼーションは先述の通り環境規制なども相まって意外にも新しいクルマが多いのだが、さまざまなブランドが業務提携などを行い古くから製造を続けてきた「近年まで作り続けられている旧型車」が穴場的な存在だ。 例えばアショック・レイランド製の「ドスト」という小型トラックは2011年から2016年まで製造されている比較的新しい車種だが、日本では1985年に製造が開始されたC22型のバネットをベースとしているものだ。 クルマ好きの読者ならば写真をみれば一目瞭然だが、フロントエンドを新造していながらも、キャブはバネットの面影を色濃く残している。 旧スワラジ・マツダを引き継いだSML・いすゞ社からは1982年リリースのマツダ・パークウェイが長きに渡り製造され続けていた。 日本ではほぼ見かけることがなくなったパークウェイだが、インドではさまざまなボディタイプがあり、少なくとも2020年のデリーショーではパンフレットが配布されている。 バスボディの世界は根が深い...と思わざるを得なかった。 もちろんトラックも多数現存している。 ▲手前から三菱・パジェロスポーツ、旧スワラジ・マツダ(現SML・いすゞ)のトラック、奥にマルチスズキ・ZENが見える マルチスズキからは80年代のスズキ・キャリーをベースとしたオムニバスが2019年まで販売されており、いまだに街中で見かける。 渋滞のなかを救急車仕様のオムニバスが走っていくのを何度も見かけたが、日本の高規格救急車の姿に見慣れている自分としては、あの小さなボディでどんな搬送業務が行われているのかは未知の世界だ。 後継車種に当たる「イーコ」は1998年リリースのエブリィ・プラスを基本としたものだ。 現在でもマルチスズキにて新車としてラインナップされている。 今でも新車で買える日本の90年代車としては徐々に希少な存在になってきた。 現在では中国資本のブランドも数多く参入し、選択肢が増えていくインド市場。 キャッチアップに優れたニューカマーと熟成されたモデルが入り乱れる街中のモータリゼーションの風景は、今後さらに混沌を極めるだろう。 まだ、インドでは庶民的なクルマに”レトロ”や”クラシック”をありがたがるという概念は薄いだろうが、今後は現在の中国や韓国のようにレトロフューチャーの波がいずれやってくるのかもしれない。 逆にその頃、日本のセルボ・モードや初代MRワゴンにインドから熱いラブコールがかかったりしたら面白いのだが…。 これからの未来、インドにどんなクルマ趣味が広がっていくのか、今から期待だ。 ■新刊のお知らせ 筆者は自費出版、いわゆる同人誌というものを制作している。 世界の街角を行くクルマの姿をひたすらに撮り続ける本「世界まちかど自動車シリーズ」も新作のインド編で5作品目だ。 まさに今回の記事の延長線でありながら、さらにディープな内容になる予定である。 興味のある読者の方はぜひ、以下のURLより確認していただきたい。 ●インドじどうしゃ #世界の中心編 著:TUNA・サークルINPINE2022年12月31日発売https://inpine.booth.pm/items/4418054

歴代モデルがトヨ博に集う!「COROLLA & SPRINTER DRIVERS MEETING」
旧車のイベント2022.11.30

歴代モデルがトヨ博に集う!「COROLLA & SPRINTER DRIVERS MEETING」

トヨタカローラ。 日本だけでなく世界のベーシックカーとして名を轟かせ続けている。 その名前は例えクルマに興味がない人でも耳にしたことはあるのではないだろうか? 1966年の登場以来、セダンを皮切りにさまざまなボディラインナップが登場。 時代にフィットしたさまざまな顔ぶれのなか、兄弟車としてスプリンターも追加される。 クーペ、ミニバン、ハッチバックに近年では派生車種としてSUVタイプのカローラ・クロスも加えられ、世界中のライフスタイルに合わせたクルマとして魅力を放ち続けている。 クーペ、SUVにライトバンまで!時代を越えたカローラのラインナップが集結! そんなカローラに愛好家は少なくなく、世界中にファンも多い。 インスタグラムを眺めれば、これまでにまったく見たことがないグレードや度肝を抜くようなカスタムが施された車両も数多く存在し、その歴史の深さと愛され方を伺うことができる。 去る2022年11月5日、日本屈指の自動車博物館としても名高い愛知県、トヨタ博物館にて第三回「COROLLA & SPRINTER DRIVERS MEETING」が開催された。 秋晴れの会場の中には美しく磨き上げられたノーマル個体から、思い思いにカスタムされた数多くのカローラとスプリンターの姿が快音を響かせ流れ込んでくる。 参加台数は総勢で68台。 遠くは九州からも参加者がおり、その熱意に感じ入るものがある。 来場者のラインナップは古くは70系のライトバンから、最新型のカローラクロスのハイブリッドまでざまざまな顔ぶれであり、会場はとても同一車種名のミーティング会場とは思えないほどだ。 会場内にはイギリスから輸入されたカローラツーリングスポーツなど、ワールドワイドに販売されている車種であることを改めて意識させられる車種もあり非常に興味深い。 モデルを越えた出会いの場になれば。カローラ・スプリンターの名のもとに集いしオーナーたち 主催であるKA-10さんは今回スプリンターGT(AE111)で参加。 この車両の他にも、サーキット走行用にスプリンタートレノも所有している。 新車当時にカローラレビンのBZ-Gを購入してから、兄弟車であるカローラ、スプリンター系の車種だけで5台も乗り継ぐというから驚きだ。 ▲主催のKA-10さんが所有するのはスプリンターGT(AE111)。引き締まった車高にコーナーポール、レースのシートカバーと、カスタムと往年のセダンらしさが融合する そんなKA-10さんにカローラ・スプリンターのイベントを開催するきっかけについて伺ってみることにした。 「“COROLLA & SPRINTER DRIVERS MEETING”は、2019年に初開催されたイベントです。カローラとスプリンターは長い歴史の中でざまざまなボディタイプが派生しており、それぞれの車種のオフ会は多数行われています。ただ、それらの車種や世代を越えた交流ができれば良いな、と思い、開催する運びとなりました」 新車で販売されている1998年からAE111のスプリンタートレノを所有していたKA-10さん。 インターネット黎明期だった当時、オンラインの掲示板で同車種の集まりが開催されていることを知り、イベントに参加するようになったそうだ。 しかし、時間を重ねるごとに当時のメンバーも次第に別車種に乗り換えるなど、集まる機会自体が自然消滅していってしまったのだとか。 そんな中、近年では車種を取り巻くユーザー層にも変化があり、イベントの在り方にも変化が訪れていったという。 「ここ数年で以前よりもレビンやトレノに乗る若い方々が再び増えてきたのです。しかもオーナー間で活発に交流をしていることを知りました。カローラ系の車種では共有している部品や共通の知識がカスタムやメンテナンスで活きることも多く、イベントの方向性もモデルごとに縛りをつけるのではなく、カローラ・スプリンターという広い括りのイベントとすることで幅広いオーナーさんやクルマと出会うことができる、そんなイベントとしています」 そう伺ってから会場を眺めると、ベテランオーナーさんの姿もあれば、初心者マークをつけたオーナーさんの姿も見える。 若者のクルマ離れなんて言葉が聞こえてきて久しいが、世代を超えて心を惹きつけて止まない力をこの会場からは感じることができる。 ▲まだまだ新しいと思っていた12#系も、国内での販売を終了してから既に16年が経過 そこにあるはずのないエンジン!?名機4A-G搭載の4WDワゴン! 会場を見回すと一台のカローラツーリングワゴン(AE104)へと妙に興味が惹かれた。 初代カローラツーリングワゴンは1991年に発売されたレジャー感溢れるステーションワゴンだ。 1997年に大幅なマイナーチェンジが施され、後期型のCMで篠原ともえとユースケサンタマリアが”カロゴン”と謳うモデルだ。 その違和感は年式不相応に綺麗なボディからではなく、そのボンネットフードの中にあった。 ▲外観はGツーリングだが、エンジンはカローラレビン。これまでサーキット走行なども楽しんできたという AE104型の前期カローラツーリングワゴンには4A-Gの設定はないはずだ。 中期型以降から搭載される4A-Gも黒ヘッドの前輪駆動。 こちらのモデルは銀ヘッドの4A-Gで車体側面にはFULLTIME4WDの文字が輝く。 この世界に存在しないはずの組み合わせだ。 すかさず近くにいたオーナーの”るるデブ”さんに話を伺った。 「こちらの車両は1996年に自分が新車で購入した車両です。ワンオーナーで26年間持っているのですが、2004年頃にエンジンのオーバーホールを行う際、AE101系レビンの解体車を丸ごと買い、エンジンやハーネス類、パワステの制御など他車流用の部品を含めて様々なものを移植して完成させました」 外観の変更はカンガルーバーとフォグランプやトムスのホイールに留められているだけに、そのエンジンスワップという行為に潔い輝きを放つ。 4A-Gと4WDとの組み合わせはトラクションも抜群で、雨の日の発進などはお手のものだという。 「排気量が同じ1600ccの4A-FEから4A-Gへと変更したのですが、最初の印象は”とにかく速い!”でした。音も違うし、アクセルの踏み方と速度感が異なることにも驚きがありました。通勤から遊びまでこれ一台でこなす万能マシンです。車体の走行距離は30万キロを越えましたが、カローラのミーティングにはさらに沢山走行している大先輩がいるのでまだまだ頑張りたいですね!」 そういえば、これまで他のカローラミーティングで50万キロ越えの個体を見せていただいたこともある。 頑丈さが都市伝説的に語られるカローラだが、日々の丁寧なメンテナンスや保守なしではここまで生き残ることはきっとできないはずだ。 クルマがオーナーを選んだかのような出会い!希少なスプリンターシエロと歩む 会場では普段の街並みではすれ違わないようなモデルと出会うこともある。こちらのスプリンター・シエロも歴代唯一となったモデルだ。 ▲1987年式のスプリンターシエロ、グレードはxi。これまで歴代の愛車は現行モデルなど新しめのクルマが多かったが、先輩の勧めで突如ネオクラ車に目覚めたという E80系をベースとしながら5ドアリフトバックのボディを採用した同車種。 オセアニア地域や欧州、北米ではジオ・プリズムハッチバックとして販売されていた。 いまだヨーロッパの片田舎でごく少数見かける機会があるが、本国の日本ではほぼ見かけることがないといっても過言ではないだろう。 オーナーの”見てのとおり”さんはシエロをインターネットを通じて2018年に入手。 元々クルマ好きではあったものの、旧車に属するクルマを趣味で買うつもりはなかったという。 「元々地方の旧車イベントに会社の先輩と一緒に足を運んでおり、話の流れで”古いクルマを買ってみたらどうか”となり、たまたまオークションで出品されていたシエロを購入する運びとなりました」 オークションでは当時でも驚くほどの安価な値段ながらも、長い間落札されることなく出品が繰り返されていた個体だったという。 そんな個体ながらも、出品者の方から「おおかたの整備は済んでいます。いい買い物でしたね!」といわれたそう。 実際、購入してからの4年間で交換したのはショックアブソーバーのみで現在までトラブルは皆無。 モールや樹脂類に至るまで艶やかさを失っておらず、これまで愛情が掛けられてきたことを感じる。 シエロは“見てのとおり”さんのもとに来てからというもの、各イベントに出没。 購入時からほぼそのままの状態で展示され、いくつかのアワードをも受賞している。 美しい状態で令和の時代まで生き残り、大切にしてくれるオーナーさんと出会うそのときまで待っていたのでは...。 なんて表現すると、少しファンタジックすぎるだろうか。 新旧、カローラとスプリンターに囲まれた一日。 クルマの数だけユーザーとの濃密な物語があるはずだ。 経験や知識の共有、新たな出会いも生まれるミーティングの場に感謝を感じ、これからもクルマと歴史の傍らにこんなイベントがあってくれたら嬉しいと感じてやまない。 [ライター・撮影:TUNA]

銀幕への憧れはカナダを経て結実!ホンダ・シビックフェリオ(2004)
旧車の愛好家たち2022.11.18

銀幕への憧れはカナダを経て結実!ホンダ・シビックフェリオ(2004)

映画の記憶は実車を作り上げる「行動動機」へ 映画 ワイルド・スピード(英: Fast & Furious)シリーズに影響を受けてクルマへとドップリ浸かっていった人は少なくないだろう。 現在シリーズ9作品目、1作品目から既に21年を誇る大人気映画シリーズだ。 改めて劇場の席に座る観客の顔ぶれを思い出せば、幅広い年齢層からも支持されているのがとてもよく分かる。 特にワイルド・スピードのシリーズ前半では、日本車のスポーツコンパクト系のチューニングカーとストリートシーンがドラマチックかつ大胆に描かれている。 筆者もかつてDVDプレーヤーを何度も一時停止して、登場する車種のディテールを観察してはインターネット上にある情報と照らし合わせていた記憶が甦る。 今回紹介するシビックのオーナー、「ねおっちさん」もワイルド・スピードシリーズに影響を大きく受けた一人だ。 クルマをぱっと見ただけでも当時のシーンを思わせる雰囲気がそこら中に散りばめられているのが分かる。 カスタムを愛車に取り込むだけではなく、実際に海外へと足を運び続けそこで見た景色を愛車に落とし込む姿勢に惹かれ今回のインタビューと相成った。 まずはオーナーさんの生態から紐解いていくこととしよう。 お受験姿勢への反抗!?好きこそモノの上手なれ! ▲国内向けの右ハンドル車をベースに、カナダ仕様へとオーナーの手によって作り上げられていく7代目シビック。モデルとなるのは2004年式のSiだ ねおっちさんは1995年生まれの27歳。 免許取得後、トヨタの初代MR2を皮切りに、現在は英国仕様にモディファイされたスズキ・アルトと、カナダ仕様にモディファイされたホンダ・シビックの2台の車両を所有する生粋のカーガイだ。 愛車のそれぞれがカスタムを施され、オーナーの趣向を色濃く反映しているが、そのどれもが少しマニアックな視点から成り立っているのが興味深い。 「未就学児のころから英語受験をさせられたりする家庭で育ちました。当時は勉強する事自体が嫌で英語も子供のころから大嫌いでした。そんな自分がある日、シリーズ1作品目である、映画”ワイルド・スピード”を観る機会がありました。元々自分はクルマが好きだったのですが、そこに映るクルマ。そして背景にあるストリートシーンや生活の雰囲気にまで興味が沸きビデオテープは擦り切れるほど繰り返して視聴し、現在まで影響を受け続けています」 子供時代に映画を通しカーシーンへと鮮烈な経験を得たというねおっちさん。 小学校2年生の頃にはシリーズ2作品目となるワイルド・スピード2が封切りになり、劇場では飽きたらず英語版のDVDを手に入れたそう。 それをまた何度となく見ているうちに「英語を改めて勉強しようという」という気持ちと「クルマへの興味」が加速することになった。 そんなねおっちさんに転機が訪れる。 大学2年生の冬に訪れたホームステイ・プログラムの募集だった。 「訪問先は北米、ニュージーランド、そしてカナダのバンクーバーでした。本当はワイルド・スピードの本拠地である北米へと足を運びたかったのですが、夏期しか募集していないということで、気乗りしないままカナダへと行くこととなりました」 しぶしぶカナダ行きを決めたねおっちさんだったが、その渡航は後の自動車人生を大きく変えていくこととなる。 カナダは日本車のパラダイス?街ですれ違うクルマに仰天 ▲バンパー類などの大物からエンブレムまでカナダ仕向けで統一。ステッカー類などのディテールまで統一感をもって仕上げられている。マフラーエンドはVibrantでジェントルな雰囲気を印象付ける 交換留学先のカナダではバスで移動していたねおっちさん。 最初は興味が薄かったカナダでも実際に日々を過ごすなかで、クルマ事情が徐々に分かるようになってくる。 「まず、バスの車窓から流れていく対向車をみて驚きました。仕向け地が日本にしかないはずのクルマが数多く走っている事もそうだったのですが、日産バネットやプロボックスなどいわゆる趣味車じゃないタイプの日本製中古車がかなりの台数輸入されている事を知りました。もちろん、そのなかにはR32のスカイラインや日産・エスカルゴなど趣味性の高いクルマも混じっており、実用車として輸入される個体と趣味性の高い車種が混在していることによってカナダでもさまざまな趣向と需要があることを理解しました」 それからというものの、ねおっちさんはカナダのモータリゼーション自体にどんどんのめり込んでいくことになる。 「それからは何度となくカナダへ足を運び、クルマを通じた現地の知り合いも増えました。実際に街中を眺めているとクルマの姿から生活感が感じられ、その国ならではの雰囲気や個性に強く惹かれるものでした。特に”普通に”走っている日本車の姿はとてもかっこよく、そのころから庶民的なクルマをカスタムしてみたいという気持ちが高まっていきました」 部品は現地調達!数多の渡航で高まる完成度 ▲トランクには渡航時に手に入れたグッズが詰め込まれている。毎回カナダから部品類をボストンバックに詰めて持ち帰り、オーナー自身の手によって運ばれた部品でシビックの完成度は高まっていく。目には見えない苦労とエピソードが凝縮されたトランクだ 日本に帰国し、あのカナダのシーンを再現したいという気持ちが高まるねおっちさん。 カナダの景色を思い浮かべると、街中で数多く見かけたシビックのセダンが思い返されることとなる。 「元々シビックに興味は薄かったのですが、情景のなかにさまざまな仕様が街を行き交う姿が思い返されることと、日本で交友ができたショップの協力もあり、希望通りの個体が手に入ることとなり購入を決意しました」 手に入れたのはサンルーフつきのMT車。 年式はいわゆる”後期の前期”で、2004年に登録された個体。 手に入れたときはノーマルの個体だったというが、数年をかけ現在進行形でカスタムされている。 車体を眺めるほどにディテールの完成度は高く、右ハンドルベースで現地仕様を製作するには並々ならぬ努力が必要だったはずだ。 「実際に何度もカナダへと渡航して解体ヤードへ赴き自分で部品を取り外しています。シビック自体は人気車両のため沢山の出物があるのですが、ネットに出ている情報を頼りに実際に足を運んでみても既に必要な部品が取り外されてしまっていたり、雨季を経た車両は車内にダメージがあったりして空振りのときもかなり多かったりもします。30台中2台からしか部品がとれなかったときもありました」 「小物類は現地で知り合った知人らの協力も得て仕上げています。例えば、カナダ警察の車上荒らし防止用のチラシやティムホートンのシビックが描かれたカップ、ピザの空き箱まで実際に今でもカナダを走っているような雰囲気に仕上げています。イベントではなるべく車内に日本語が見えないように心がけていますね」 外観におけるまとまりとリアリティを意識して仕上げられているシビック。 カナダ向けに1年半ほど生産されていた2004年式のSiグレードをモデルとし、カナダから手荷物として持って帰ってきたフロントグリルやテールランプやエンブレム類。前期型1.7RSのサイドステップ。 ホイールは2002年モデルのRHエヴォリューションを履き、当時のスポーツコンパクトシーンを思わせるものだ。 マフラーや吸排気系にも手が入り、ジェントルながらも心地良いサウンドを響かせてくれた。 筆者的には既に高い完成度を誇るように思えるが、オーナー目線ではまだまだ手を入れたい部分はあるそう。 「一度ハマると深く掘り下げるタイプなので全然飽きませんね。とくに自分で現地から買ってきた部品やアイテムには愛着が沸き、それぞれのエピソードは忘れられないものです。これからもっとシビックを楽しみたいですね!」 ▲こちらの“ミニシビック”はオーナーによってアルテッツァのボディをベースに製作された唯一無二のボディだ。オーナーのライフワークである自動車にまつわるホビー趣味が存分に発揮された逸品だ クルマ文化と海外で眺めた視点。 それをミクスチャーして愛車に落とし込む。 半生で影響を受けたものを一台で表現することはもはや作品と言っても過言ではないのではないだろうか。 かつてカナダの風を切っていた数々の部品たち、そしてねおっちさんによって仕上げられたシビックはいつかのバンクーバーを凝縮した傑作だ。 さらに進化していく姿が今から楽しみだ。 [ライター・撮影/TUNA]

「自動車の美術を研究する」27歳の人生の変節点とホンダ・アコード
旧車の愛好家たち2022.10.26

「自動車の美術を研究する」27歳の人生の変節点とホンダ・アコード

■クルマとサブカルチャーを楽しむ人 2010年代の前半頃、とあるイラスト投稿のSNSでマニアックな国産車のイラストやアートを連日アップロードする男子高校生に出会った。 画面いっぱいに描かれたセリカ・カムリや初代ミラージュが印象的だったのを今でもよく覚えている。 自らの大好きなクルマを力いっぱいにインターネットを通して表現する姿勢は当時の自分にはとても素敵に感じられ、また少し羨ましくもあった。 それから数年が経過して筆者も社会人になった。 SNSを通じ勇気を出してクルマのオフ会に参加させていただく機会を得る。 当時そのコミュニティは、ネオクラシックな乗用車と20代前半のオーナーが多く集まるイベントであった。 主催者もやはり若き青年で、その人こそ数年前にSNSで出会った「自動車美術研究室」さんだった。 クルマが大好きな高校生は大人になり、若き自動車コミュニティの中心人物の一人になっていた。 ▲グレードは最上級グレードからひとつ下の1.8EXL-S。現行の北米アコード(CV3型)のグレード”EX-L”にまで引き継がれる老舗ネームだ 自動車美術研究室さんは現在27歳。 名前が示す通り、自動車にまつわるさまざまなカルチャーに造詣が深い人物だ。 とりわけカタログやミニカー、ノベルティに書籍といった分野において目がなく、自らの家にはコレクションが所狭しと並べられているという。 好きが高じて始めたコレクションはただ集めるだけでなく、同好の士を集め”カーサブカルフェス”なるイベントを催し、毎回大勢のコレクターが集う会となっている。 また、自動車美術研究室さんが主催するミーティング、通称”ジビケンミーティング”は既に初開催から7年、多いときで200台以上の参加車両が集うイベントとなった。 そんな彼のクルマ生活におけるターニングポイントとなったという、1986年式のホンダ・アコードEXL-Sについて今回は触れていきたい。 ■「最初は3万円のトゥデイを買うつもりで...」愛車との出会いのきっかけ 「18歳で免許を取得してからはずっと欲しいクルマを探しながら2年の月日が経っていました。当初、ジェミニかスプリンターシエロの中古車を購入しようと考えていたのですが、知人がピアッツァを購入したこともあり、リトラクタブルヘッドライトのクルマへの憧れが凄く強まっていました。ただ、当時学生だったため予算がなく、先輩から3万円のトゥデイを購入するつもりでした」 口から飛び出してくる車種群に昭和63年前後の雰囲気が漂っているので注釈を入れておくが、平成28年頃のエピソードである。 当時、先輩から譲ってもらう予定だったトゥデイは故障中で修理が必要な状態だったそう。 そこでホンダの旧車に強い販売店を探し、インターネットで連絡をとるとそこに在庫していたのがこのアコードだったという。 一旦気になると大学の講義も手につかないくらい気になってしまい、学友のクルマに同乗して販売店へと見に行くこととなった。 「実際に車両を目の当たりにしたときに、デザインが超かっこいい!と思いました。当時はアコードのことはほとんど知らず、ただリトラクタブルヘッドライトがついているセダン程度の認識しかありませんでした。ただ、運転席に乗り込んだ瞬間”買うモード”に一気になってしまうくらい直感的にいいなと思える存在だったんです」 ■ほぼ知識なし。直感が長い付き合いに とんとん拍子でアコードに引き寄せられていった自動車美術研究室さん。 その個体にどこか運命的な感覚を感じ、購入を決めたという。 「実際に購入して手元に届けられた際、お店の人に”このクルマ、キャブだから気をつけてね”といわれ初めてキャブレターという機構を知るくらいに当時は知識がありませんでした」 ▲リトラクタブルヘッドライトを開くと一変する表情。80sらしいデザインが逆に新鮮に感じられる。小糸製のハロゲンランプが収まる 購入したときは9万キロ前後、現在は124000kmと複数台の所有車を使い分けながら距離を刻んでいる。 購入してから8年間でアコードとは紆余曲折あり、1年間ほど主治医に預けたままで乗れなかった時期もあったとか。 「燃料ポンプ、ラジエター、サーモスタット、オルタネーター、エアコン。マフラーの修理はワンオフで製作してもらいました。ただ、これらの交換はアコードには定番で保守と消耗部品の交換といえるのではないかとも考えています」 そう笑顔で話す自動車美術研究室さんは、すっかり逞しくエンスージアストの道を歩んでいると感じる。 過去、エンジントラブルを疑った際に部品取り用の同型アコードを購入。 部品取り車はナンバープレートをつけるつもりはなかったが、置いておくほど朽ちていきそうなのが見ていられなくなり、エアコンが効かないながらも動態保存しているとか。 ▲デュアルキャブのB18a DOHCエンジンを搭載。当時、最上級グレードのSi以外はインジェクションではなくキャブ仕様である ■「時代を抜き去るもの」先進的なボディに身を包んだデザイン 自動車美術研究室さんがもっとも気に入っているところは開閉式のリトラクタブルヘッドライトの部分だ。 ヨーロッパおよびクリオ店専売のアコードCAは固定型のヘッドライトになるが、そちらにはあまり興味がないそう。 ミドルクラスのセダンとして上級車の装いを持たせつつ、先進的、かつトレンディな姿勢をデザインにまで注ぐところにホンダの精神を感じる。 妥協なく突き詰めた結果、国内外で販売記録的にもスマッシュヒットを生み出し、現在でも米国のモータリゼーション史に残るほどの存在となっている。 当時キャッチコピーだった”時代を抜きさるもの”は、単なる意気込みだけではないように感じられる。 外観を改めて眺めてみる。 低いノーズ、大きなキャビン、トランクのハイデッキ感。 人間を優先した車両のパッケージングを実現しながらも、デザインを巧みに成立させている。 CA型のアコードは「4ドアのプレリュード」を想起させるといわれるが、実際に並べてみるとその構成は大きく異なる。 しっかりとセダンに見えるようにしつつ、2ドアクーペのようなスポーティーさを融合させる。 スタイリングと設計が高次元に組み合った結果といえよう。 クルマの内外装に大きなモデイファイは加えないものの、3ヶ月に一回くらいの頻度で気分転換にホイールキャップを履き替えているそうだ。 足回りの変更は外観に大きな変化をもたらすので効果的な着替えであると感じる。 この時代のホンダ車のホイールキャップはナットと一緒に元締めされている車種も多い。 大ことなコレクションが飛んでいかない部分にも寄与するものだ。 ▲純正の外観を保ちつつ気分によってホイールキャップを履き替える。今回はインテグラの物が装着される 次に内装を見てみよう。 ▲低くコンパクトにまとめられながらもダッシュボード上部にはトレーなど機能的なレイアウト。ステアリングにはクルーズコントロールも装着される グラスエリアを大きくとったデザインは当時のホンダの思想を大きく反映する。 シートにはオリジナルのハーフカバーを装着する。 当時を偲ばせるコレクション的に装着しているのではなく、夏場はモケットのシートが熱を持つためあくまで実用品として使っているとのことだった。 当時の部品は小変更点が多く、見た目は似ていても生産元のサプライヤーが異なるなどもあるという。 例えば、アコードのメーターも前期と後期に見た目の差異は少ないが、NS製とデンソー製がある。 知人が所有しているアコードのメーターが故障し、代替品を購入したところ製造元が異なりメーターは動作しないということに初めて気が付いた。 手痛い出費になったと推察するが、そんな、一つ一つの経験がオーナーの経験値を高めていることであろう。 ■アコードは人生観を変えるターニングポイントへと導いてくれた存在 アコードを買う前と後では人生観がまるっきり変わったという。 クルマを買ったことによりオフ会など対外的にイベントへ参加する機会が増え、自然と今まで知り合うことのなかった知人が増えていったそう。 そのうちに自らイベントを企画するようになり、周囲の協力を得ながら規模は大きくなっていった。 「それまでもイベントに行って参加するなどはしていましたが、人を集めて矢面に立とうという気持ちはありませんでした。ただ、クルマを通して楽しい空間を作りたいという気持ちが強くなり、仲間と一緒にイベントを開催するに至りました。クルマのイベントはある意味自分が目立たなくて良いのが好きなんです。クルマを中心にした話ができ、SNSでその車種をきっかけに繋がりが増えていく、そんな点に魅力を感じイベントを続けていますね」 最後に今後、このクルマとどう付き合いたいかを伺ってみた。 「この先、クルマを取り巻く世界は大きく変わっていくと思います。たとえ電動車しか走れなくなった世界になったとしても乗り続けたいと思っています。アコードをEV化できるように準備していかなくちゃいけませんね!」 笑って話す自動車美術研究室さんの言葉は冗談めかしながらも、本気の決心を感じさせるものだった。 クルマを取り巻く文化、そしてそれらを楽しむ仲間たちと共に未来へと走り続けてほしい。 そう感じるインタビューとなった。 [ライター・撮影/TUNA]

家族から受け継いだアスコットと、憧れのイノーバを同時所有する若きオーナー
旧車の愛好家たち2022.10.12

家族から受け継いだアスコットと、憧れのイノーバを同時所有する若きオーナー

スタイリングと居住性を高めた4ドアハードトップ 平成初期の映像をたまたまテレビで見かける機会があった。 幹線道路には多くの白いセダンが行き交い、当時の自動車の流行を感じさせる映像だった。 2022年現在、各メーカーは自動車のラインナップを整理して統合する流れが顕著だ。 しかし90年代初頭といえば、ユーザーの趣向へ幅広い対応をしながらセダン系車種のバリエーションがどんどん増えていった時期でもある。 それを象徴するように、当時乗用車を自社開発を行っている日本のすべてのメーカーが3BOX型の車両をラインナップに持っている。 軽トラックもミニバンもOEMで共通化している現代では考えにくい状況であるとはいえないだろうか。 ▲この個体は最上級グレードの2.3Si-Z。メーカーオプションのサンルーフを装着し、まるで当時のカタログに掲載されていたかのような佇まいだ 1992年3月に登場したホンダ・アスコットイノーバは4ドアハードトップ。 6ライトウインドウに、最近でいうところの4ドアクーペスタイルのレイアウトは、現代の目線から眺めてもスポーティでグラマラスささえ感じるものだ。 当時、ホンダの3BOXラインナップは、末っ子からシビックフェリオ、インテグラ、コンチェルト、ミドルクラスセダンのアコードと姉妹車のアスコット、アコードインスパイアと姉妹車のビガー、そしてフラッグシップのレジェンドなど多種多様であり、それぞれの車種に強いキャラクターを与えている。 開発時期にバブル時代を経ているとはいえ、3BOXへの熱量は相当なものであったといえよう。 ▲サイドからの眺めは、クーペや5ドアハッチバックのよう。流麗に構成されたボディは最近の4ドアクーペを先取りしたかのようだ 英国に姉妹を持つスポーティなキャラクター エンジンは2.3リッターDOHCのH23A型、輸出仕様のプレリュードと同型のエンジンだ。 H23A自体はアコードワゴンSiR等にも搭載されるエンジンだが、VTECなしの仕様としては日本国内でアスコットイノーバにのみ搭載されるものだ。 1993年からは欧州向けの5代目ホンダアコードとして、イギリスのスウィンドン工場で生産が開始されている。 当時、業務提携の関係にあった英国・ローバーの600シリーズと開発をともにした姉妹車であり、ダッシュボードの形状も近似のものを採用している。 車体自体のデザインに日本車離れした印象を持つのは、こういったバックボーンだったことからも頷ける。 続いてインテリアを見てみよう。 とにかく低く、グラッシーに作ろうとしていた80年代のホンダ車の思想を受け継ぎながらも、随所に工夫を忍ばせながら進化している。 例えば、ダッシュボードからドアトリムに連なる雰囲気やシートの造形はラウンディッシュに構成され、豊かな雰囲気を醸し出している。 既に高級感を訴求する経験値の高さを感じ、シートやドアライニングなど、人が触れるところの多くにソフトな質感を持たせているところも上級セダンの風格を強めている。 ▲内装には複数のマテリアルを合わせたインパネ周りや大型の水平指針メーターが目を惹く アスコットイノーバが登場した1992年から生産を終了する1996年頃までのトレンドは、セダンやスポーティな性格のクルマからRV車へと趣向が移り変わり行く時代でもあった。 そのような過渡期ともいる時代においても、特徴的なフロントフェイス、デザインおよび車両のキャラクターは、当時を振り返ってもひとつの個性としてしっかりと輝いていたように思える。 オーナーのさいとうさんは1997年生まれの25歳。 つまり、生まれたときには既にアスコットイノーバは生産終了している世代でもある。 では、なぜこのクルマに惹かれるのだろうか? 「自分が生まれたとき、そこにアスコットがあったから」25歳で4台のアスコットを手に入れたオーナー像  「自分が物心ついたとき、既に実家にはホンダのアスコット(CB1)がありました。自分がクルマ好きになったのも、そのアスコットがきっかけで今に至ります。免許を取得し、実家のアスコットを受け継いだのですが、そのドナーのために白いアスコットを購入。さらに、以前から欲しいと思い続けてきたこのイノーバを購入しました。最近ではもう一台ドナーとしてアスコットを購入しています」 柔らかな口ぶりで語るさいとうさんだが、愛車遍歴のすべてがアスコットシリーズという一途さと行動力に本気度合いが窺い知れる。 「1歳の頃にはミニカーで遊んでいたそうですが、自分が覚えている限りでは3歳くらいで“うちのアスコットはなんてカッコいいんだろう...”と思うようになっていました。そんな気持ちが20年以上どんどん大きくなって現在に至っています」 ▲当時はまだ採用例が少なかったキーレスエントリーはドアノブにリモコンの受光部がある オーナー自身の愛車遍歴としては3台目となり、すべてがホンダのアスコットシリーズだ。 取材時は所有してからは約半年。 購入経路は、同じくCB型のアスコットに乗っているオーナーさんが手離すという話を耳にし、個人売買という形で所有することになった。 複数オーナーが所有してきた個体だが、現在の距離は約65000kmだという。 生産から30年が経過したクルマとしては少ない部類といえよう。 複数台を所有するさいとうさんだが、イベントの他にも日常での出番も多く、使いやすい一台になっているという。 ▲純正オプションの空気清浄機。エクステリアへと魅せるデザインがカッコいい。今探すと見つけるのが大変な逸品といえよう 「街中に出ると、イノーバは普通のアスコットに比べて不思議と視線を集めるクルマです。最近ではあまり見かけない車体の色だったり、ヘッドライトと一体型のフォグランプの光り方、字光式のナンバープレートなど合わせ技で目を惹いているのかもしれませんね」 ▲フォグとハイ/ロー、ウインカーが一体のヘッドランプ。同社のスペシャリティクーペ、プレリュードと似たグリルのデザインもイノーバがスポーティな性格であることを印象付ける 古くて珍しい、という理由だけではなく、車両自体の個性やスタイリングによって注目を浴びる。 登場から30年が経過しても強いキャラクターが息づいている事を話を伺って改めて感じた。 最後に今後、イノーバとどう付き合っていきたいかを伺ってみた。 「稀に天然個体のアスコットを目撃した例を知人を通じてごく稀に聞くのですが、自分はそういった個体を街中で見かけたことは一度もないんです。既に現存する個体もかなり少なくなっているはずなので、エンジンが動く限りは純正の姿を保ちつつ後世に残していくことができればいいな、と思っています」 好きなクルマを追い求め、それを所有できる。 なんて素晴らしいことだろう。 それがどうしても欲しかった一台となればまた格別のことだ。 周りに同一の車種がいなくても、分かり合える仲間がいる。 こうして将来へとクルマたちが一台でも多く残っていく姿を窺い知れるのは、ひとりの旧車ファンとしてもとても嬉しい気持ちになるインタビューとなった。 これからもアスコット、そして多くのクルマに触れ、さいとうさんの世界を深く追求していってほしい。 [ライター・撮影/TUNA]

北海道で開催「第二回キュウマルカーミーティング」イベントレポート
旧車のイベント2022.09.23

北海道で開催「第二回キュウマルカーミーティング」イベントレポート

■二回目開催、道内各地から様々な顔ぶれの車両が集結 去る2022年8月28日(日)、晴天に恵まれた北海道、室蘭港フェリーターミナルにて「第二回キュウマルカーミーティング」が開催された。 北海道でもカーミーティングは盛んに行われているが、ことネオクラシックな車種や90年代車にスポットを当てたものとなると開催されている数はまだ少ない。 今回のイベントの仕掛け人である将利歩さんも、かつて関東でのカーミーティングにも頻繁に参加していた経験から「北海道でもっと気軽に集まれるイベントが開催されれば良いのに…」との想いがあり、開催の運びとなった。 第一回は夕張市の日の出クラシックパークで開催され、大盛況ののち幕を閉じた。 第二回目となる今回の開催は室蘭港の広く開放的な駐車場で行われ、前回よりもさらに規模を広げた印象を受ける。 イベントでメインを飾るのは「1989年から2001年以内に生産、新車発表された車種」といったレギュレーションこそあるものの、「沢山の人にイベントを親しんでもらいたい」という主催側の意図もあった。 展示車両のバリエーションもレギュレーションを緩め、より豊富に広がった楽しいイベントとなっていた。 今回のイベントで車両を展示されている方の声で多く聞こえてきたのは、「いわゆる旧車として扱われている80年代以前の車は大事に保管されている印象が強いが、日常のツールとして使われてきた90年代〜00年代初頭の車は近年一気に台数を減らしていっているように感じられる」とのことだ。 ■北海道ならではの旧車事情とは? 実際に2000年式のU14型ブルーバードを所有している将利歩さんに北海道内でのネオクラシックカーの所有について伺うと「90年代後半から生産されたU14ブルーバードでも北海道内ですれ違ったのはこの2年間で2台ほど。 道内では融雪剤などの影響で錆びの進行が早かったり、仕様によってはリサイクルパーツですら入手が難しい車種もあり維持を諦めるケースがある」とのことだった。 ▲道外で使用していたブルーバードを引っ越しとともに連れてきたそう。いざ北海道で乗り始めると同車種とすれ違う回数は片手で数えるほど 筆者も13年ほど前まで北海道内に住んでいたが、そう言われて街のなかを改めて観察していると、すれ違う90年代車の台数とバリエーションはかなり少なくなった印象だ(むしろファームトラックやディーゼルのクロカンなどの古いモデルは本州より比較的多く見かけるのだが)。 北海道は寒冷地仕様車、4輪駆動車、ディーゼル車など、雪国ならではの車種も多く走っている地域だ。 かつては地域の特性上、ロシアへの中古車輸出も盛んであり、今や本国よりも海外で見かける機会の方が多い車種もあるほどだ。 所変わればクルマを取り巻く環境も変わる。 北国ならではの事情を知りながら会場を改めて見回してみよう。 北海道外と同じように後輪駆動のスポーツモデルも多く見かけるのだが、冬期間の運転や雪深い時期に乗るためのサブカーの所有など…ひとえに所有と言っても北海道ならではの苦労は尽きない。 燦々と降り注ぐ太陽が嬉しい夏の期間、愛情を注いだクルマたちを眺めながら談義に花を咲かせるオーナーたちの笑顔を感じると、また異なる視点でイベントの表情が見えてくる。 カスタムカーやスポーツモデルではない乗用モデルにも北海道ならではの視点は伺える。 冬タイヤを装着する地域では冬タイヤ用にもう1セット分のホイールを持っているパターンが多い。 オートバックスなど量販店で装着されたホイール一つとってもその時代ごとの雰囲気が伺える。 また、電球の熱で雪を溶かしてナンバープレートの視認性を高めるための字光式ナンバープレートや、雪下ろしのダメージをなくすためにダイバーシティアンテナを車内に取り付ける例など、それぞれの車両から雪国ならではの視点を見受けることができる。 これらも雪が降る北海道の旧車イベントならではといえるのではないだろうか。 ■ちょっと懐かしいけど、どこか違う。北海道的なクルマの話 参加された17系クラウンのオーナーさんに話を伺ってみた。 「自分はこのクラウンとは別に所有しているエスティマで行く場所に合わせてクルマを使い分けています。特に行く場所の距離やイベントによってはクラウンで行き、冬の期間はエスティマの出番が増えます」 ▲”和ユーロ”テイストにカスタムされた17クラウンは珍しいロイヤルサルーンのUパッケージ。ランプのカバー類はワンオフで作られ、エアロと統一感を出す。所有するホイールは複数セットあり、イベントに合わせて靴のように履き替えているとのこと こちらは最近、全国的に見かける回数が少なくなってきた3代目ビスタハードトップだ。 90年代の北海道では多く見かけた仕様でフルタイム4WDのステッカーに懐かしさが込み上げてくる。 このビスタの他にもカスタムされたマークXとスカイラインを所有するというオーナーさんだが、MTでノーマルのまま維持されていたビスタを残したい、との気持ちで奥様のお祖父様から受け継いだ個体なのだそう。 ▲かつては道内でよく見かけたビスタやカムリ。今ではロシアの街中で多く見かける。実際にオーナーさんが部品を探すと日本ではなくロシアのサイトで発見したりすることもあるそう 10系セルシオのオーナーさんは今年、愛知県で販売されていた車両を取り寄せたとのこと。 「マジェスタやアリストなど、大排気量のトヨタ車に憧れていてその思いがこの一台で実現しました。字光式ナンバーにこだわりがあるのでぜひみて欲しいところです」と語る。 セルシオと電球タイプのフレームにナンバープレートが誇らしさすら感じさせる。 ▲念願叶って購入したセルシオは愛知県で見つけた個体を北海道へと送ってもらったそう。冬季間は元々乗っているダイハツ・ミラと使い分けるそうだ 全道各地から車両が集まるこのイベント、いくつもの管轄のナンバープレートを見ることができた。 例えば今回イベントが開催された室蘭港から北海道の道東地域である帯広ナンバーの陸運局までは約250km、北見ナンバーの陸運局までの距離を測ると約380km(東京ー名古屋間と同等)の距離だ。 道内をドライブすればクラシックなモデルが数台連なってツーリングをしている光景にも出会うことはたまにあるが、こういったイベントが開催されていればこそ、遠方からでも足を運びたくなる気持ちはとても理解できるものだ。 車両の維持が難しい地域であるからこそ、晴れの舞台は喜ばしい。 まだまだ、全道各地にいるであろう北海道内のネオクラシックな車両たちとそのオーナーたち。 今後もイベントの機会が増え、交流が増えていくことを考えるとこの先の開催もとても楽しみにしてしまうものだ。 [ライター・撮影/TUNA]

日常から一歩踏み出してバブルの世界へ… ホンダ・インテグラXSi
旧車の愛好家たち2022.09.16

日常から一歩踏み出してバブルの世界へ… ホンダ・インテグラXSi

■バブルの時代を体現するタイムマシーン 「平成レトロ」というキーワードが世の中に現れて久しい。 平成の期間は30年と113日もあるのだから、その間でさまざまなジェネレーションが存在することは容易に理解できる。 しかし、こと”レトロ”となると、昭和の境目にあったバブル期に思いを馳せずにはいられない。 今回取材をさせていただいたオーナーのrainforceさんもそんな一人。 1991年生まれの31歳で、バブル時代の生活は未経験だ。 対して所有するインテグラは1990年に生産された個体で、その時代を生きた生き証人のようなクルマだ。 オーナーよりも一歳年上。 平成から令和へと、時代を越える姿を覗いてみよう。 ■かつての家車と姿を重ねたどり着いたインテグラ ▲大きなガラスが特徴的なリアビュー。後づけのダイバーシティアンテナとハイマウントストップランプがマッチしている。 幼少期から自他ともに認める車好き少年だったrainforceさん。 そんな彼のクルマ好きを形成したのは、家車として両親が所有していたDA型インテグラだ。 フリントブラックメタリックの4ドアハードトップで、子供心にも「かっこいい!いつか乗ってみたい!」という気持ちが芽生えたそうだ。 rainforceさんが10歳の頃、その個体はミッションのトラブルによって買い換えることになってしまう。 それでもインテグラへの想いは心の片隅に置いたままで、少年はクルマ好きの青年へと成長していく。 免許を取得し、初めて所有した愛車は学生時代にヤフオクで購入した10万円の三菱・パジェロミニ。 自らの意思でどこへでも行ける喜びは自動車への興味へとさらにのめり込むきっかけとなった。 就職後はプジョー・106 S16を購入。 そのパワーとハンドリングは、ワインディングをキビキビと駆け抜けるのにうってつけの1台だ。 現在でも所有するほどのお気に入りの一台となる。 ただ、そんな相棒をよそに心の片隅で燻っていたインテグラへの想いが大きくなっていくのを無視することはできなかった。 「106を所有しながらも、もう一台増車したいという気持ちを常に持ち続けていました。 90年代のクルマはモデルを問わず市場にある個体も数が減り、値段も高騰し始めているので買うならラストチャンスが迫ってきていると感じていました」 ■クルマ好き青年が心に抱き続けた珠玉の一台 そんな念願が叶い、手に入れたインテグラは1990年車。 インテグラシリーズとしては2代目、前期型のXSiでホンダ初のVTECエンジン搭載車だ。 インテグラは先述の通り、4ドアのハードトップと3ドアのクーペが存在し、サルーン的なフォーマルさやスペシャリティカーとしての性格も強い。 今となってはコンパクトなパッケージングだが、その実レッドゾーンは8000回転からのB16Aを搭載し、リッターあたり100psを出力するホットな心臓を持つ。 「DA型インテグラはリリースから既に33年が経過していますが、走りにおけるプリミティブな部分においてはこの時代で既に完成形に近いのでないかと感じます」 rainforceさんが語る通り、装備やパッケージングに不足は感じられない。 それどころか控えめなのに洒脱なインテリアの雰囲気づくりや、低いノーズにグラッシーなキャビンの構成は近年のクルマとは異なる体験をもたらしてくれるだろう。 それまで106を所有するカーライフのなかでは比較的スポーティな運転を楽しんでいたというが、インテグラと付き合ううえでカーライフに少し変化があったという。 「今まで106は良き相棒としていい意味でラフに乗っていた感じが強かったのですが、インテグラにしてからはクルマの状態についてよく気にかけるようになりました。洗車時にもタイヤの空気圧やエンジンの調子を確認するようになり、細かいところに気を配るようになったと自分でも感じています」 ■時代感をディテールに宿しながら走るムードのあるドライブ 購入時は約85000kmの上物の個体だ。 購入から1年間で約11000kmを走行したという現在も車体は隅々まで磨かれ、その美しさは新車から間もない頃の姿を想像するのは難しくない。 車体自体は基本的にオリジナルを保ちつつもインテグラが生まれた時代を反映し、ダイバーシティアンテナやハイマウントストップランプの装着を行いモディファイされている。 タイヤは復刻版のアドバンタイプDとBBSのホイールで引き締まった印象だ。 内装はオーディオ類がこだわりポイントだ。 アルパインのデッキとイコライザーとアンプ、スピーカーは同年代のもので揃え、CDプレーヤーのディスクマンと車載のテレビ、芳香剤のポピーやカップホルダーなどのアクセサリー系が置かれトータルコーディネートされている。 「車内の雰囲気づくりとして、目に見える部分に現代的なものをなるべく置かないように心がけています。インテグラを所有し始めてからは夜の都心や首都高をゆったりと走らせるのがあっていると感じ、そんなドライブに出かける機会も増えるようになりました」 ▲内装にも時代を感じさせるアイテムを配置。色味なども揃えられ、雰囲気を全体的に高めている。 いざとなればVTECが目を覚まし、その本性を覗かせるのもインテグラも、情緒的な雰囲気を纏い大人な走りができるのもまた魅力といえるだろう。 最後にrainforceさんに今後の愛車への付き合い方について伺ってみた。 「ホンダ初のVTEC搭載車ということで、文化財…とまでは行かなくてもできるだけ長く楽しめるようにしたいと思います。とはいえ、しまい込むことはなく適度に楽しみながら動態保存していきたいと感じています」 幼少期の憧れから、時代感を閉じ込めたタイムマシーンへ。時代を超えていくインテグラがこの先もエネルギッシュに走っていく姿を期待してしまうものだ。 [ライター・撮影/TUNA]

デビューから20年、仏語で「うさぎ」を意味するスズキ・アルトラパン
旧車の魅力と知識2022.08.01

デビューから20年、仏語で「うさぎ」を意味するスズキ・アルトラパン

■デザインと質感で提唱されたコンパクトカーの価値観 バブルの頃、優れた商品企画力の下、日産からBe-1やフィガロ、PAOやエスカルゴといった俗に「パイクカー」と呼ばれるクルマたちが発売された。 製品自体がメディアであった時代を象徴するかのように、30年以上経過した今でもその存在は響き続けている。 車両自体は同社のベーシックモデルであったマーチを基本としており、内外装のデザインや質感に大きく手を加えることによって商品価値の高いモデルへと昇華されていった好例といえよう。 その後、90年代中盤になると基本になるモデルに対し、クラシックカー風の仕立てが施された車両が各メーカーのレギュラーラインナップに増えた。 フロント部の造形を大きく変えたサンバー・ディアスクラシックや、マーチ・ルンバなど三岡自動車に負けず劣らずのレトロ調モデル。 ボディカラーと一部加飾でちょっと贅沢でクラシカルな雰囲気を纏ったミラージュ・モダークやスターレット・カラットなど、ベース車へ変化球を与えたモデルで商品力の訴求を図った。 それらの車種も、令和の今となっては“クラシックな仕立てが施された本当に古い車”となったが、時代が移り変わってもクラシック・モダンな可愛さや、カッコよさに対する尺度は形を変えて存在し続けているように思える。 それを裏付けるように、ムーヴ・キャンバスやワゴンRスマイルなどのモデルは今でも車体のいたるところにメッキの加飾を施し、カジュアルさだけではない佇まいの良さが魅力を放っている。 2022年の6月には3代目となるスズキ・アルトラパンがマイナーチェンジを行い、派生モデルとして追加された「アルトラパンLC」は、フロントバンパー部を同社の2代目フロンテを彷彿とさせる意匠となった。 これは2005年の東京モーターショーに参考出品されたスズキ LCコンセプトを思い返させるものでもあり、スズキデザインとして歴史的な財産を巧みに落とし込んでいるといえるだろう。 ■デビューから20年、飽きの来ないデザイン そんなラパンの初代モデルも“ちょっと贅沢な”スモールカーとして人気を博した。 レトロやクラシックといった符号だけではなく、モノとしての良さをカタチや質感で表現しているといえよう。 ベースとなったのは名前が表す通りスズキの「アルト」だ。 開発時はベーシックカーだったアルトよりも、ラパンに対して女性的な感覚を取り込んで開発が行われたという。 初代型の佇まいを現代の視点で眺めると、そのデザインは男女問わず親しみやすい印象を受ける。 ルノー・キャトルやモーリス・1100のようなちょっと洒落た国民車のようにすら感じると評したら言い過ぎだろうか。 車名のラパンはフランス語で“うさぎ”の意味で、フロントグリルに配されるスズキマークにもラパンのシンボルマークが与えられる。 搭載されるエンジンはK6Aで54馬力。 780kgの車両重量の恩恵か、踏み込めば意外や活発な印象で、街中を跳ねるうさぎを想像するとなんだか愛着が湧いてくる。 搭載されるコラムシフトの4段ATは同時期のCVT搭載車と比べて“走らせている!”という感覚があり、終始小気味いい雰囲気だ。 ■長く愛せるシンプルなカタチは“弁当箱”がモチーフ タイヤは155/65R13。取材車はベースグレードのGでスチールホイールにLapinのロゴが入るホイールキャップが装着される。 弁当箱をモチーフにした箱型のボディは、フロントフェンダーからリアエンドまで伸びやかなショルダーラインは安定感を感じさせてくれる。 そのシンプルさゆえに登場から20年経過した現代の目で見ても、意匠に古臭さをさほど感じさせない。 流行り廃りとは異なる尺度で捉える、柔らかく甘すぎないデザインは、無印良品のような洗練されたイメージすら与えてくれる。 アイポイントは同世代に開発された軽と比べても(コペンやエッセを除けば)それなりに低い方だ。 田舎道をゆったりと流していくと、どことなく小さなセダンに乗っているような感覚になるのは、視界に入るインテリアのリッチさと、触り心地の良いシートの居心地から来るものだろうか。 車窓の外に流れる田んぼや、風に揺れる草花の様子が身近に感じられるのも、角度が立ったフロントウインドウと低めの着座位置の恩恵といえるだろう。 ▲横基調の白いパネルが一番に目に飛び込んでくるインパネ。車内は近年の軽自動車に比べれば小ぶりだが、コラムシフトのおかげで足元は広々感がありさほど窮屈さを感じさせない インパネは水平基調で左右はシンメトリーぎみにできている。 軽自動車はサイズの規制上、ステアリングがある運転席側を優先して設計されるため助手席側が狭く見える車種もあるが、ラパンは各種計器類やオーディオが絶妙に配置され窮屈さをさほど感じない。 遊び心を感じさせるのは助手席前に配置された引き出しだ。 車検証などはグローブボックスにしまうとして、この引き出しにはどんなものをしまおうかワクワクしてしまう。 楽しい使い勝手を予感させるデザインは目にも嬉しいものだ。 ▲シンプルながらも必要十分な計器類だが、フォント類にもこだわりを感じさせる。面発光するメーターパネルは夜間も暖かさがありほっとするものだ 一眼式のスピードメーターは最近では少なくなったパネル裏面から照明を照らす方式。 自発光タイプも美しくて好きだが、均一に発光するこの方式も夜間目に優しいと感じる。 シートは起毛タイプで外装のブルーと相まって非常にモダンだ。 フロント席のヘッドレストを外して寝かせると、自宅リビングのソファより足を伸ばせる空間ができ上がる。 週末はラパンを郊外へと走らせてお気に入りの場所を見つける。 そこで読書や昼寝をするのもいいだろう。 ▲グレードによって異なるシート素材とカラーコーディネート。中古車サイトを覗くとこんな組み合わせもあるのか!と驚く。まだ中古車市場にあるうちにお気に入りをチョイスしておきたい リア席を倒せば、スーパーマーケットのお買い物ならば相当買い込めるくらいのスペースが生まれる。 2人分のキャンプ道具なら積めてしまうかもしれない。燃費も良いラパンだから、冒険気分でちょっとした遠出も悪くないだろう。 オーディオのヘッドユニットはカロッツェリアのCD/MDデッキである「FH-P510MD」が装備されている。 こちらは時代を感じさせるデザインだが、音場を変更できるDSPイコライザーを装備。 実はこういったアイテムも昨今じわじわとネオクラシックな車両の愛好家の中で気になりはじめている装備の一つだったりもする。 ■今だからこそ見えてきた、初代型の良さとは? 一見すれば古い軽自動車なのだが、そのコンセプトや佇まいを見直して捉えると、クルマ本来のこだわりを感じられるものだ。 使い捨てになりがちなプロダクトでありながらも、長く時が経てば、その時代を象徴する価値を帯び始めるかもしれない。 まだ旧車とは胸を張っていえないかもしれないが、現代のクルマとはすっかり異なる”未来の旧車”。 まださまざまな仕様、装備が中古車で安く狙える今だからこそ、味わえる面白さがあるはずだ。 古い自動車を買うというハードルは流石に高くても、筆者が今回行ったようにレンタカーを探してまず乗ってみるというのも楽しい経験になるだろう。 以前書いたトヨタ・ポルテの記事と同じように、ラパンはニコニコレンタカーでレンタルしたものだ。 近年では特に新しいクルマに力を入れている同サービスだが、店舗によってさまざまな車種が選べるのも魅力の一つだ。 気になったらまずはチェックしてみるのも良いかもしれない。 [ライター・撮影/TUNA]  

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