小型で低価格ながら、クルマとしての完成度が高かったマツダ R360クーペ。王者スバル360が先行するなか、発売年にはシェアを奪うほどの大ヒット車となりました。 マツダ初の乗用車にも関わらず、軽自動車初の技術も盛り込まれた革新的なR360クーペの歴史と魅力をみていきましょう。 マツダ初の乗用車は超低価格モデル R360クーペは、マツダが初めて開発した乗用車です。トラックの開発経験しかなかったマツダは、自動車メーカーとして乗用車の開発に乗り出します。軽自動車規格の大衆車という価格とサイズに制約のあるなかでの開発でしたが、R360クーペはマツダらしいというべき革新的なモデルでした。 まずは、R360クーペの開発背景を詳しく振り返ってみましょう。 国民車構想に呼応する形で開発 通産省(現在の経済産業省)の抱いていた国民車構想が、1955年にリークされる形で新聞報道されます。マツダは「ピラミッドビジョン」という所得に応じた新車開発構想を掲げ、まずは最下層の大衆車の開発に乗り出すことを決断しました。 国民車構想のなかでマツダが軽自動車専門メーカーと位置づけられていたこともあり、 軽自動車規格の大衆乗用車の開発に着手します。そして1960年に登場したのが、2+2シーターのR360クーペでした。 驚くべき低価格を実現して大ヒットを記録 R360クーペは、当時としても破格の30万円で販売されました。同規格の大衆車として王者に君臨していた、スバル360の販売価格42万5千円から30%近くもの低価格化を実現。結果的に、1960年の軽自動車生産シェアの6割以上を占める大ヒットを記録しました。 「国民車構想」「大衆車」というコンセプトのもとで開発されただけに、低価格の実現はマツダにとって譲れない部分だったのでしょう。4シーターの居住性にこだわったスバル360に対して、2+2シーターという割り切った開発思想に加え、徹底したコストカットを図りました。また、コンピュータで生産管理を行うという当時最先端の工場で効率よく生産されたことも、低価格を実現した一因かもしれません。 先進技術を盛り込んで妥協なく作り込まれたR360クーペ R360クーペの開発リーダーは、のちにロータリーエンジンの実用化に成功し「ミスター・ロータリー」とも呼ばれる山本健一氏でした。徹底的なコストカットを図る一方で、エンジンやサスペンションといった性能の根幹に影響する部分は妥協なく作り込まれています。また、小型でも十分な走行性能を発揮するよう、徹底した軽量化がされていた点もR360クーペの特徴です。 R360クーペのクルマとしての魅力をみていきましょう。 先進技術を盛り込んで作り込まれていた R360クーペのエンジンは、356ccのV型2気筒エンジンです。ベースのエンジンははすでに軽3輪車で使用されていましたが、シリンダーブロックやクランクケースといった主要パーツをアルミ合金化。さらに動弁系や補機類にマグネシウム合金を使用するなど、徹底した軽量化が図られました。また、軽自動車に4サイクルエンジンを搭載していた点も、当時としては画期的でした。 さらに、「クーペ」という車輌コンセプトにふさわしく、サスペンションは4輪独立懸架方式を採用。単に安価で軽量なだけではなく、走行性能にも可能な限り力を尽くした、山本健一氏をはじめとするマツダ開発陣のこだわりが詰まったモデルといえるでしょう。 軽自動車初のATを採用 R360クーペには、軽自動車として初めて2速AT(オートマチックトランスミッション)が搭載されました。価格面も4速MTに比べてわずか2万円の上昇に抑え、「誰もが運転できる」という大衆車のコンセプトをトランスミッションでも体現していました。 日本で初めてAT車が登場したのが1958年ということを考えると、わずか2年で低価格の大衆車にATを搭載したことは大変画期的だといえます。 マツダ創立100周年記念モデルのモチーフになった マツダは2020年に創立100周年を迎えた際、当時販売していた全車種に記念モデルを設定しました。その際にデザイン的なモチーフとしたのが、R360クーペです。どのモデルも、Lパッケージに対して11万円プラスという価格設定でした。 100周年記念車では、R360クーペのカラーリングをうまく現代のモデルに取り入れました。一方で、当時の色をそのまま採用するのではなく、時代背景に対する解釈を加えて100周年記念車にふさわしい上質さを表現しています。 R360クーペのボディカラーは、やや黄味がかったアルペンホワイトでしたが、当時の量産技術では白の再現に限界があったのではないかと解説。100周年記念車では、スノーフレイクホワイトパールマイカをボディカラーとしました。また、ルーフと内装に使用されていたマロンルージュカラーは、マツダ3に使用されていた同系色のバーガンディをシートやフロアマットといった内装に使用しています。 随所にR360クーペを感じる100周年記念車を販売全車種に用意したのは、マツダにとってもいかに重要な車種だったのかがうかがい知れます。 希少車に買取価格をつけるのは実は難しい 歴史的価値の高いR360クーペの生産時期は、1960年から1969年までです。大ヒットを記録し、9年間も生産されていたものの、すでに生産終了から50年以上が経過しています。特に、安価な大衆車だったということもあり、状態のよい個体はほとんど残っていません。 一般的には、希少であれば高く売れるイメージがあります。しかし、実は希少車に買取価格をつけるのは、簡単なことではありません。クルマの状態の見極めはもちろん、市場での価値を正確に把握しておく必要があるためです。R360クーペのようにクルマ自体の性能が高いわけではない大衆車は、さらに査定を難しくします。妥当な買取価格で売却するためには、旧車王のように旧車の買取実績の豊富な専門業者に相談しましょう。
小型大衆車でありながら、スポーツカー並みの動力性能を誇るマツダ ファミリア ロータリークーペ。コスモスポーツに続いて、量産型ロータリーエンジン搭載モデルに選ばれたのは、大衆車として地位を確立していたファミリアでした。 当時最高の技術で作られたスポーツエンジンと大衆車という意外な組み合わせですが、ファミリア ロータリークーペは欧州レースで活躍して高い実力を証明します。ファミリアにロータリーエンジンを搭載したマツダの思惑も含めて、当時を振り返ってみましょう。 世界2台目のロータリーエンジン搭載車は小型大衆車 ロータリーエンジンが搭載された世界初の量産車はコスモスポーツですが、次の搭載モデルとして選ばれたのが小型大衆車のファミリアでした。夢のエンジンとまでいわれた最新エンジンをいきなり大衆車に搭載するのは、一見不釣り合いで大胆な決断に思えます。しかし、ロータリーエンジンの普及を目指すマツダとしては、当然の選択だったのかもしれません。 まずは、ファミリア ロータリークーペが誕生した経緯を振り返ってみましょう。 ロータリゼーションへの第一歩はファミリアへの搭載 当時「ロータリゼーション」という言葉まで生み出して、マツダは実用化したロータリーエンジンの普及を目指していました。そして、コスモスポーツに続くロータリーエンジン搭載車として、1968年にファミリア ロータリークーペを発売。大衆車への搭載は、ロータリーエンジンをより身近に感じてもらう狙いがあったのではないしょうか。 ファミリア ロータリークーペは、1967年のフルモデルチェンジで登場した2代目ファミリアのラインナップに追加される形でその姿を現しました。しかし、実は開発当初、ロータリーエンジンの搭載予定はなかったといわれています。しかし、ロータリゼーションへの第一歩として、クーペタイプとしてレシプロエンジンを搭載する予定だったファミリア1200クーペのシャシーを流用し、大幅に強化してロータリーエンジンを搭載しました。なお、ファミリア ロータリークーペの発売から3ヶ月遅れて、レシプロエンジンを搭載したファミリア1200クーペも登場します。 小型車だからこそ恩恵が大きかった ロータリーエンジン最大の特徴は、小型軽量ながらハイパワーを生み出せることです。小型車のファミリアに搭載したことで、ロータリーエンジンのよさが最大限引き出されました。最高速度は180km/hに達し、0-400m加速はわずか16.4秒という俊足振りを発揮します。 ファミリア ロータリークーペのロータリーエンジンは、1ローターあたり491ccの2ローター式です。1Lにも満たないわずか982ccの排気量で、最高出力100ps、最大トルク13.5kgf・mを発生させます。さらに、軽量なファミリアのプラットフォームに搭載したことで、国内トップクラスの動力性能を実現しました。 レースでロータリーエンジンの信頼性をアピール ロータリーエンジンの耐久性能を世界にアピールしたいマツダは、欧州の長距離レースへの参戦を決めます。発売翌年の1969年に開催されたシンガポールGPでは、200psのレーシング仕様のファミリア ロータリークーペで見事優勝。どのメーカーも量産化にこぎつけられなかった、ロータリーエンジンの実力の高さを証明しました。 さらに、1970年のスパ・フランコルシャン24時間レースには4台を出場させ、21時間目までトップを快走して速さを見せつけます。残念ながら残り3時間でエンジントラブルやアクシデントに見舞われたものの、残った1台は5位入賞。甲高いロータリーサウンドが、欧州のファンの心に印象強く残りました。 ロータリーエンジン以外にもこだわって開発されたファミリア ロータリークーペ ファミリア ロータリークーペの魅力は、ロータリーエンジン搭載モデルという点だけに留まりません。エンジンスペックを最大限発揮すべく、細部までこだわって開発されました。 また、スポーツモデルにふさわしく、内装もかなり作り込まれています。ここからは、ファミリア ロータリークーペのクルマとしての魅力を紹介します。 作り込まれたボディがハイパフォーマンスを後押し ファミリア ロータリークーペのボディは、風洞実験を重ねてデザインされています。わずか805kgという車重と空力特性に優れたスタイリングによって、2Lクラスに匹敵する加速性能を実現しました。また、高出力化に合わせてシャシー各部はもちろん、サスペンションやブレーキも強化されています。 ファミリア ロータリークーペに搭載されたロータリーエンジンは、コスモスポーツの同型の10A型だったものの、あくまでも大衆車という位置づけから使いやすさを重視した設計に変更されていました。最高出力は、コスモスポーツの128psから30%近くも低い100psにまでデチューンされています。しかし、最高速度180km/hを発揮する性能を維持しているのは、エンジン以外の部分も作り込まれていたからこそでしょう。 スポーティなT字型パネルが特別感を演出 ファミリア ロータリークーペは、スポーティーカーとしてベースモデルとは異なるインテリアに仕上げられていました。特徴的なのはT字型のインパネで、シフトノブまで一体となった大型のセンターコンソールがスポーティさを高めています。 センターコンソールには燃料計、油圧計、時計の3連メーター、さらにメーターパネルは大型の速度計と回転計が存在感をアピール。エアアウトレットにも円形のデザインを採用するなど、まさにスポーティ車にふさわしいインテリアデザインに仕上がっています。 高級車や特別仕様車に限らない旧車の魅力 ファミリア ロータリークーペは、最高級の内装や他車を寄せ付けないほどの動力性能を誇ったモデルではありませんが、世界で初めてマツダが量産化に成功した、ロータリーエンジンを搭載した大衆車というユニークなモデルです。 また、同等性能の日産 スカイライン2000GTよりも20%近く(当時の価格で16万円程度)安かったことを考えると、ファミリア ロータリークーペがいかに優秀なモデルだったかがわかります。 大衆でも世界唯一のエンジンを手にできたファミリア ロータリークーペは、スペックや内装の豪華さだけでは測れない価値のあるモデルです。発売から半世紀以上経過しているために中古車市場ではほとんど見かけませんが、興味をもった方はぜひ根気強く探してみてください。 一方、ファミリア ロータリークーペを売却する際は、必ず専門業者に相談することをおすすめします。歴史的価値の高い車種であることは間違いありませんが車格的には大衆モデルで、しかも流通量が少ないためノウハウの少ない中古車業者では正しく査定することが困難です。希少車の価値を正しく見極めてもらうには、旧車の買取実績の豊富な専門業者に依頼しましょう。
世界にわずか499台しか存在しない特別車、フェラーリ スクーデリア スパイダー 16M。フェラーリの運営するレーシングチーム「スクーデリア」の名を冠したモデルだけに、単なる特別車の域を超えて走行性能にもこだわって開発されました。 今回は、スクーデリア スパイダー 16Mが制作された理由も含めて、その魅力を徹底的に紹介します。 特別な2台を組み合わせたスクーデリア スパイダー 16M スクーデリア スパイダー 16Mはゼロから開発された新モデルではなく、販売台数限定の特別仕様車です。しかし、ただ記念エンブレムを貼り付けたとか、内装のカラーリングを変えたといったレベルではなく、究極の1台ともいえるほど作り込まれています。 F430スパイダーとスクーデリア 430を高次元で融合させて誕生した、スクーデリア スパイダー 16Mの開発背景を振り返っていきましょう。 フェラーリのコンストラクターズタイトル獲得記念モデル スクーデリア スパイダー 16Mは、2008年のF1シリーズでフェラーリがコンストラクターズタイトルを獲得したことを記念して制作されました。翌2009年に499台の限定モデルとして販売され、日本国内に正規輸入されたのはわずか50台のみといわれています。 ベース車輌はF430のオープンモデル、F430 スパイダー。徹底した風洞実験を行うなど、オープンボディながらオリジナルモデルと遜色ないほどに性能の高さを追求したモデルです。徹底的に作り込まれたクルマをベースにしていることからも、スクーデリア スパイダー M16にかける情熱の強さがうかがえます。 さらに、同じくF430をベースに製造されたスクーデリア 430のテクノロジーを組み込み、性能を飛躍的に向上させている点も大きな特徴です。まさに、記念モデルにふさわしい、フェラーリ究極のモデルといえます。 あのシューマッハが鍛え上げたスクーデリア 430 スクーデリア スパイダー 16Mの性能を大幅に向上させた要因は、スクーデリア 430の革新的な技術を数多く取り入れたことです。実際、スクーデリア スパイダー 16Mは、スクーデリア 430と同じく最高出力510psを発揮します。 スクーデリア 430は、直線で速いだけのただのハイパワーマシンではありません。技術革新の手を緩めることなく、どんなシチュエーションでも速く走れるように仕上げられています。例えば、F430に初めて搭載されたE-DIFF(電子制御デフ)に、F1-TRACと呼ばれるトラクションコントロールシステムを統合。E-DIFF2に進化させ、コーナー脱出速度を従来比で40%も向上させました。 そして、スクーデリア 430が特別なクルマである最大の理由は、F1で揺るぎない実績を残すミハエル・シューマッハが深く関わって開発されたことです。車のポテンシャルを最大限引き出すべく、テスト走行を重ねてスクーデリア 430を鍛え上げました。 これだけこだわって開発されたスクーデリア 430の技術が、スクーデリア スパイダー 16Mに惜しみなく投入されています。 フェラーリ史上最速で特別なオープンスポーツ とことん性能にこだわって開発されたスクーデリア スパイダー 16Mは、フェラーリ史上最速のオープンスポーツです。事実、フェラーリのテストコース「フィオラノ」で、「フェラーリのオープンスポーツ史上最速のラップタイムを刻んだ」と発表されています。 圧倒的な性能の影に隠れがちになってしまう記念モデルとしての魅力も含めて、スクーデリア スパイダー 16Mを紹介します。 オープンモデルなのに妥協のない高い走行性能 走る喜びや爽快感を目指すオープンモデルは、オリジナルモデルに比べて走行性能が犠牲になりがちです。しかし、スクーデリア スパイダー 16Mは、むしろ走行性能が最大の特徴といえるほど妥協せずに開発されています。 搭載エンジンは430 スパイダーと同型のV型8気筒DOHC4.3L自然吸気エンジンながら、各部の徹底的なチューンナップによって最高出力は510psを発揮。パワーアップの難しい自然吸気エンジンで、20psもの引き上げに成功したのは驚異的です。 また、オープンモデルはボディ剛性の問題から車重が重くなる傾向にありますが、オリジナルの430 スパイダーに対して80kgもの軽量化に成功。パワーウェイトレシオは2.0kgを達成し、停止状態から100km/hまでわずか3.7秒で到達します。 エンブレムが歴史的な偉業と希少性を主張 類まれな走行性能とF430譲りの外側からエンジンが見える独創的なデザインを兼ね備えたスクーデリア スパイダー 16Mは、記念モデルという側面を抜きにしても十分魅力的なクルマです。しかし、特別なモデルであることを象徴するエンブレムによってさらにその価値が高まります。 「F1 CONSTRUCTORS 16 2008 WORLD CHAMPIONSHIPS」と刻まれたリアのエンブレムが歴史的偉業を称え、センターコンソール上部の「16M SCUDERIA SPIDER LIMITED 499」が世界でわずか499台のみという希少性を主張。そして、ボディサイドには「16M SCUDERIA」のエンブレムが輝きます。 エンブレムが外観に大きな影響を与えるわけではありませんが、しっかりと作り込まれているモデルだからこそエンブレムがより魅力を高めてくれているのではないでしょうか。 希少性の高さから買取金額はF430の2倍以上 スクーデリア スパイダー 16Mははわずか50台しか正規輸入されていないため、中古車市場にはほとんど出回っていません。ベース車輌であるF430が2,500万円程度のところ、スクーデリア スパイダー 16Mは条件にもよりますが5,000万円を優に超えます。 希少性が高ければ価格も高いことは想像に難くないところですが、実はあまり流通していない車の価値を見極めて値段をつけるのは簡単ではありません。参考にできる流通実績がないため、販売まで考えた場合に買取価格をいくらにすれば妥当なのか判断ができないためです。 スクーデリア スパイダー 16Mのように、歴史的意味合いも含めて希少性のある車の価値を見極められる業者は決して多くありません。もし、歴史的価値の高い旧車の売却をお考えでしたら、専門業者としてのノウハウのある旧車王にご相談ください。
イギリス生まれの小型大衆車「ミニ」には、さまざまな名称があります。「ローバー ミニ」は、比較的多くの方が認識している呼び名の1つです。しかし、ミニ自体は40年に渡って作り続けられたため、ローバー ミニがどのモデルを指すのか理解があいまいになっている人も少なくありません。 そこで、ローバー ミニとはどのモデルなのか、ミニの歴史を振り返りながら解説します。 オリジナルモデルの最後を飾ったローバー ミニ ローバー ミニは、長年製造されたミニの最後の10年間に販売されていたモデルです。ローバー社が開発したクルマではないものの、オリジナルの個性をしっかりと受け継いでいたために「ローバー ミニ」として広く定着したのでしょう。 まずは、登場からローバー社への引き継ぎまでのミニの歴史を紹介します。 ミニはBMC社が生み出した空前のロングセラーモデル そもそもミニは、イギリスの老舗自動車メーカーBMC(ブリティッシュモーターカンパニー)より1959年に発売された小型大衆車です。その後、ローバー ミニの最終モデルが発売される1999年まで、実に40年間も基本的には同一モデルとして生産され続けました。 販売当初の名前は、「オースチン セブン」と「モーリス ミニマイナー」です。販売網の違いから2つの名称がありましたが、「ミニ」の名称に統一が図られてそれぞれ「オースチン ミニ」「モーリス ミニ」になりました。 ローバー社がミニを引き継ぐ 正確な経緯については確かな情報がありませんが、当時のBLMC社(旧BMC社)からローバー社が分離する際にミニを引き継いだといわれています。そして、1989年にローバー ミニとして販売を開始。 そして、1999年に最終モデルである40周年記念モデルを投入するまで、ローバー ミニとして販売され続けます。つまり、モデル最後の10年間を支え、ミニ40年の歴史を締めくくったのがローバー社(正確には1994年からBMW社傘下)だったのです。 精力的なモデル展開をしたローバー社 1959年に販売開始された当初から、ミニの基本的なデザインは変わっていません。しかし、新技術の開発や時代背景に合わせて、細かなモデルチェンジは行われています。 他社から引き継いだブランドではあったものの、ローバー社は1970年代から低迷していたミニの人気を復活させるべく、積極的な開発を行いました。日本人の声も影響した、ローバー ミニのモデルを紹介します。 日本人の声で名車ミニクーパーが復活 ローバーがミニを引き継いだ際、ラインナップのなかにクーパーはありませんでした。しかし、日本市場からの復活を求める熱烈な声がローバー社に届き、1991年にミニ クーパー1.3として再びラインナップに加わりました。 ミニの長い歴史のなかで、性能の高さを世界にアピールしたモデルが「クーパー」です。クーパーカンパニーというレーシングモデルを手掛ける企業が、オリジナルのミニを改良し、レースカーのベース車輌として、「クーパー」を販売していました。 なお、ローバー社がラインナップに復活させたミニ クーパー1.3のうち、発売年の1991年モデルのみがミニ クーパー唯一のキャブレーター仕様です。1992年以降は、全車インジェクション化されました。 ローバー ミニには多様なモデルが存在 ローバー社が最初に販売したモデルは、1989年に登場したミニ1000と呼ばれるE-99Xです。スペックの面では1.3Lのクーパーに劣るものの、軽快な走りで根強い人気を集めています。 さらに、1991年にはターボを搭載したERAターボというモデルも投入。1.3LエンジンにSUキャブレター+とギャレット製ターボを搭載し、最高出力はクーパー1.3よりも34psも高い95psにまで引き上げられました。 数多く流通しているのは1997年以降の最終モデル 日本国内で巻き起こったミニブーム、1997年の消費税引き上げによる駆け込み需要、さらに自社の残価設定型クレジットの導入によって、ローバー ミニは売上台数を伸ばしました。 その影響は根強く、最終モデルが販売終了して20年以上経過した現在でも、中古車市場に多くのローバー ミニが流通しています。特に流通台数が多いのは、1997年発売の最終モデルです。エアバックの追加やシート形状の変更、メッキメーターベゼルの採用など現代的な装備で人気を博しています。 しかし、比較的入手しやすいとはいえ、ローバー ミニやミニ1000は今から30年以上前に販売されていたモデルです。 売買する際には、古いクルマの価値を正しく理解している業者を介して取引することをおすすめします。特に売却時には、その真価を見極めるスキル・経験をもつ旧車専門の業者に査定を依頼しましょう。
1980年代から90年代にかけて盛んだった「テンロク」と呼ばれるスポーツカテゴリーのなかにあって、歴史に残る名機として現在も愛されるトヨタ 4A-Gエンジン。高回転まで気持ちよく吹け上がるレスポンスのよさが特徴の直列4気筒DOHCエンジンは正統に進化し続け、最終的には自然吸気エンジンながら1Lあたり100psを突破します。 今もなお注目され続けている名機4A-Gの歴史や、AE86へのスワップなどのチューニング事情を詳しく紹介します。 20年近くも作られ続けた4A-Gエンジン 4A-Gエンジンは、1983年の登場から2002年の搭載モデル販売終了まで実に20年近くも作られ続けました。また、単に製造年数が長いだけでなく、過給器搭載の派生モデルも生み出しつつ、最終型のAE111搭載4A-GEまで正統に進化し続けた魅力的なエンジンです。 AE86に搭載された4A-GEUから、4A-Gエンジンの歴史を振り返ってみましょう。 名車AE86搭載エンジンとしてデビュー 1983年発売の名車、AE86に搭載された4A-GEU型が4A-Gエンジンのデビューモデルでした。1.6L 直列4気筒 DOHC 4バルブというコンパクトサイズながら本格的な仕様で、最高出力は6,600rpmで130psを発揮。ターボエンジンや大排気量車のような絶対的パワーはないものの、高回転まで鋭く回る爽快感は多くのクルマファンを魅了しました。 4A-GEU型エンジンは、LASRE(Light-weight Advanced Super Response Engine)と呼ばれる、当時のトヨタが目指していた小型で高性能かつ高応答性を誇るエンジンの延長線上で開発。シリンダーヘッドはアルミ合金製で、バルブの駆動にロッカーアームを介さないシンプルな構造にするなど軽量かつ高耐久性、さらに高応答性を実現しました。7,700rpmのレブリミットまで、わずか0.78秒で到達するレスポンスの良さは絶大な支持を得ます。 また、AE86が発売された翌年の1984年には、AW11型MR2にも搭載されました。ミッドシップに横置きレイアウトされたため、スペックは同様ながら型式は横置きを意味する「L」が加えられ4A-GELUとなっています。 レビトレの世代交代ごとに進化 4A-GエンジンはAE86以降さまざまな車種に搭載されますが、基本的にレビン/トレノ(カローラ/スプリンター、以下レビトレと記載)の世代交代ごとに進化を遂げます。FFへのフルモデルチェンジを果たしたAE92では、横置きモデル4A-GELU型を搭載。続くAE92後期型では縦置きエンジンの生産終了とともに横置きを意味する「L」が外れて再び4A-GEU型と型式名が戻ったものの、スペックは大幅に進化します。9.4だった圧縮比は10.4にまで高められ、7,200rpmで最高出力140psを発揮しました。 さらに、続くAE101型レビトレでは、型式名を4A-GEと改めて5バルブ化を果たします。4連スロットルまで備えた「シルバーヘッド」と呼ばれるこのモデルで最高出力は160psにまで達し、自然吸気エンジンながら1L当たり100psの壁を突破しました。また、VVTと呼ばれる可変バルブタイミング機構で、弱点だった低中速回転域のトルクも底上げされています。 最終的には、AE111型レビトレではさらに高効率化を図り、1L当たり103ps以上となる最高出力165psを達成。「ブラックヘッド」と称され、4A-Gエンジンの最終形と呼べる進化を遂げました。 過給器搭載モデルもラインナップ 4A-Gエンジンには、スーパーチャージャーを搭載したモデルもラインナップされました。最初に登場したのは、1986年のAW11型MR2に搭載された4A-GZE型エンジンです。当時の自然吸気4A-GEU(及び4A-GELU)型の最高出力が130psだったところを145psまで引き上げ、しかも最大トルクは3.8kgf・m増の19.0kgf・mを発揮しました。 さらに、AE92型後期では165psを発揮し、スーパーチャージャーモデルの最終型AE101型に搭載された4A-GZE型では最高出力は170psにまで達しました。 チューニングベースエンジンとして最適 4A-Gエンジンは2002年に生産を終了しています。しかし、今もなお、ライトウェイトスポーツのカテゴリでは人気のエンジンです。また、エンジンとしての人気の高さからアフターパーツも豊富で、多くのユーザーがチューニングを楽しんでいます。 4A-Gエンジンが、現在どのような使われ方をしているのか紹介します。 最終型の5バルブ4A-GEをAE86にスワップ AE86の4A-GEU型エンジンを、AE111に搭載される最終型の4A-GE型にスワップするカスタマイズメニューが人気です。最高出力165psを誇る「ブラックヘッド」を搭載するだけで、軽量なAE86なら実際の出力以上のパワーアップを実感できます。 一方で、同型エンジンとはいえ、スワップはそれほど簡単ではありません。まず、AE111はFFのため横置きエンジンのため、縦置きで搭載するにはエキマニや各種パーツの調達が必要です。また、各種センサー類も異なるためコンピューターや配線などの移植も必要で、ある程度ノウハウのある専門業者でないと施工できません。 さらに、もともと130psでわずか15.2kgf・mというエンジンパワーに合わせた設計のため、165ps/16.5kgf・mという強大なパワーを受け止めるためにクラッチを始めとする駆動系の強化も必須です。 AE86人気で多くのアフターパーツが流通 4A-Gエンジン搭載車が販売終了してから、すでに20年以上が経過しています。しかし、AE86人気を背景に4A-Gは今でも現役エンジンとして使用されているため、エンジンのチューニングパーツが数多く流通しています。エンジンチューニングの定番カムシャフトやバルブスプリング、ピストン関連やコンロッド類まで一通りのパーツが入手可能です。 また、4A-Gを専門にチューニングを手掛けるショップも数多くあり、ノウハウも豊富に蓄積されています。最終型の4A-GEは、パーツの組み合わせとセッティング、条件によっては200psオーバーも十分に狙えるチューニングしがいのあるエンジンです。パーツの選択も含め、4A-Gエンジンをチューニングしたい場合は専門のショップを探してみましょう。 4A-GEエンジンへの評価から搭載車に一定の価値 トヨタ レビン/トレノは、AE86の人気が極端に高い反面、FF化されたAE92以降のモデルの評価はあまり高くありません。さらに、カローラ(スプリンター)セダンやスプリンターカリブなどのワゴン車だとクルマとしての評価は下がります。 しかし、名機4A-GEエンジンの人気が高いため、レビトレはもちろんほかの車種でも4A-G搭載グレードであれば思わぬ高値で売却できるかもしれません。また、エンジン自体が評価されているため、車体の傷や各部の劣化はあまり査定に響かないケースもあります。 ただし、エンジンも含めて、旧車の知識に長けた専門業者で査定してもらうことが重要です。
ドイツツーリングカー選手権(以下DTM)で連覇を成し遂げるなど、レース界で輝かしい戦績を残したメルセデス・ベンツ 190E 2.5-16 エボリューションⅡ。500台限定の生産台数で、日本国内にはわずか50台しかないともいわれる希少車です。 インパクトのある見た目と名門コスワースによるチューニングエンジンによる高い性能から、憧れる人が後を絶たない190E 2.5-16 エボリューションⅡの歴史と魅力を振り返ってみましょう。 DTMを席巻した190E 2.5-16 エボリューションⅡ メルセデス・ベンツ 190E 2.5-16 エボリューションIIは、1990年のDTM投入翌年の1991年には、ドライバーズランキングこそ2位だったもののマニュファクチャラーズタイトルを早くも獲得します。さらに、翌年にはマニュファクチャラーズタイトル連覇と念願のドライバーズタイトルも手中に収め、圧倒的な強さを見せつけました。 日本国内でも多くの人に愛されたベース車輌の190Eについて解説するとともに、メルセデス・ベンツのレースにかける思いを詳しく紹介します。 ベース車輌は赤坂サニー ベース車輌の190Eは、特別希少価値の高いクルマではありませんでした。メルセデス最小という位置づけの、どちらかというと大衆向けの車種です。バブル景気を背景に高級車が売れた当時の日本では、「六本木のカローラ」と呼ばれたBMW E30と並んでメルセデス 190Eは「小ベンツ」「赤坂のサニー」と呼ばれるほどよく目にするクルマでした。 一方で、車としての質感はさすがメルセデス・ベンツといった仕上がりで、燃費や油量に加えて時計まで一望できる3連メーターやゲート式シフトレバーなどは上級車種と共通のスタイルを採用。シートをはじめとする内装にも、メルセデス・ベンツ特有の高級感のあるデザインが施されていました。 勝つためだけに製造された限定500台 190E 2.5-16 エボリューションⅡは、わずか500台しか生産されませんでした。当時のDTMに参戦するためのホモロゲーションを取得するために、市販車としての最低生産台数が500台だったためです。つまり、190E 2.5-16 エボリューションⅡは、モデルとしての商業的成功ではなくレースで勝つためだけに販売されました。 また、190E 2.5-16V エボリューションⅡが作られる前に、同じく2.5L 直列4気筒16バルブエンジンをベースに190E 2.5-16 エボリューション(通称:190E 2.5-16 Evo. I)が1989年に製造されていました。エンジンはチューニングされていたものの、外観的にはタイヤを太くしたことに伴うオーバーフェンダーの装着程度でベース車輌とあまり変わらず、レースでも苦戦を強いられます。 そこで翌年の1990年に投入されたのが、エンジンだけでなく外観にも大幅に手を入れた190E 2.5-16 エボリューションⅡです。500台の限定生産を2年続けてクリアしたあたりに、メルセデスがレースにかける思いがいかに強かったのかが伺い知れます。 空力性能を追い求めた迫力の外観 190E 2.5-16 エボリューションⅡの外観で真っ先に目につくのは、大型のリアウィングです。しかも、見た目だけの装備ではありません。重量増を抑えるためにアルミ合金製となっていて、しっかりとダウンフォースを稼ぎます。 また、大きく張り出したオーバーフェンダーやフロントリップスポイラー、サイドスポイラーと迫力のエアロパーツが特徴的です。この時代のベンツらしく角目で直線基調のボディラインということもあって、圧倒的な存在感と迫力を感じます。 突き詰められたチューニングエンジン 190E 2.5-16 エボリューションⅡのエンジンは、イギリスの名門エンジンメーカーコスワースの手によってとことんチューニングされています。カムシャフトやバルブ、ピストンといった各部には専用部品が用意され、クランクシャフトの重量にまでこだわって設計されました。 軽量な190Eには十分過ぎる235psを販売モデルで発揮。さらに、レース用エンジンでは375psまで高められていたようです。 手抜きのないインテリア レース参戦のホモローゲーション取得のために製造された190E 2.5-16 エボリューションⅡですが、内装面でもまったく手抜きはありません。上質で落ち着いたメルセデスらしい質感とともに、各種装備も充実していました。パワーウィンドウやエアコン、エアバッグ等を備え、4人乗りセダンとして普段使いできる仕様に仕上げられています。 整然と並んだメーターパネルや重厚なドアパネルによって、レースカーとは思えないほどの高級感が与えられています。 3,000万円を超える価格が証明する価値 190E 2.5-16 エボリューションⅡは、ほとんど市場に出回ることはありません。しかし、店頭に並ぶとほぼ確実に3,000万円を超える価格がつけられます。すでに30年以上前のモデルにはなりますが、メルセデス・ベンツがこだわって開発したことと希少性から、その評価は今後も衰えることはないでしょう。 一方で、希少性の高い車の価値を正しく見極めるのは大変困難です。ほとんど流通してない車だと、査定の参考になる価格もありません。歴史的な意味合いも含めて、クルマのもつ本当の価値を理解した価格をつけられるのは旧車王のように専門的に取り扱っている業者だけです。
ホンダ初の小型乗用車の追加モデルとして登場したホンダ 1300 クーペは、1970年からわずか2年しか生産されませんでした。しかし、世界初の方式を採用した空冷エンジンや創業者の引退といった逸話も生まれるなどホンダの歴史において重要な1台です。 近年その価値が再評価されつつある、ホンダ 1300 クーペの歴史を紐解いていきましょう。 ホンダ初の小型乗用車は歴史的な1台になった ホンダ 1300は、二輪車と軽自動車の製造を続けてきたホンダが初めて販売した小型乗用車です。1968年の東京モーターショーで発表され、翌年の1969年にまずはセダンタイプを発売。さらに、翌1970年には2ドアクーペが追加されます。 2ドアクーペは内外装ともに専用設計されたパーツが盛り込まれたスポーティーカーで、ホンダ 1300の高い性能を象徴するモデルでした。 画期的な空冷システムを搭載 ホンダ 1300最大の特徴は、DDAC(Duo Dyna Air Cooling system)と名付けられた画期的な空冷エンジンを採用したことです。冷却効率を高めるためにシリンダーブロックの外壁を二重構造にするという、空冷エンジンへのホンダの挑戦でした。 通常の空冷システムは、エンジン外側に風を当てて冷やします。しかし、DDACエンジンは、さらに二重構造の内側に設けた空気の通り道に、冷却ファンで強制的に空気を送り込んで内外から冷やすという独創的な発想の空冷エンジンでした。 しかし、冷却性能を優先して複雑な構造としたことで、水冷エンジンの強みである軽量さが完全にスポイルされてしまうという大きな欠点がありました。結果的に、水冷化するきっかけになり、ホンダ最後の4輪用空冷エンジンという皮肉な側面も持ち合わせています。 ニーズに合わせた細かいグレード設定 グレード展開の豊富さからも、1300がホンダにとって重要な車種だったことがうかがい知れます。まず、シングルキャブレターの「ホンダ 1300 クーペ7」と4キャブレターの「ホンダ 1300 クーペ9」という2車種をラインナップ。さらに、クーペ7は「スタンダード」「デラックス」「カスタム」「S」、クーペ9は「デラックス」「カスタム」「S」のグレードに分かれ、クーペだけで合計7モデルも存在していました。 ユーザーの嗜好性に合わせたラインナップの広さは、車が単なる移動手段ではなくなってきていた時代背景を色濃く反映しています。 販売台数は思うように伸びなかった ホンダ 1300の販売台数は月間3,000台程度と当初伸び悩んだものの、クーペの追加によって5,000台まで引き上げられます。当時は月間5,000台を超える販売台数を記録する車種は限られていて、決して悪いというほどの数字ではありませんでした。 一方で、小型車開発で先行するトヨタ カローラや日産 サニーは月間1万台以上を販売しており、マツダ ファミリアでも8,000台だったためか、ホンダ内では販売不振という評価だったようです。 結果的に本田宗一郎を引退に追い込んだ ホンダ創業者の本田宗一郎氏らしい独創的な空冷エンジンDDACでしたが、皮肉にも同氏を経営の一線から退けるきっかけにもなりました。販売台数の伸び悩みに呼応するように、1970年頃にホンダ技術者は水冷エンジンへの転換を主張し、空冷へのこだわりをみせる本田氏と真っ向から対立。後にホンダの3代目社長に就任する久米是志氏が辞表を出すほどにまで、社内での議論は加熱したようです。 そこで、設立以来共に経営を担ってきた副社長の藤沢武夫氏が「あなたは社長なのか技術者なのか、どちらなんだ?」と本田氏に問いただします。結局、盟友藤沢氏の説得に本田氏は折れ、ついに水冷エンジンへの転換が図られました。1973年に藤沢氏と同時に引退をした本田氏ですが、空冷水冷問題が決定打だったといわれています。 販売不振でも魅力たっぷりのホンダ 1300 クーペ 販売不振で早期に生産終了を迎えたホンダ 1300 クーペですが、今振り返ると実はかなり魅力的なクルマです。社内でのエンジン論争が引退のきっかけにはなったものの、本田宗一郎氏のこだわりが詰まっていることが伝わってきます。 ホンダ 1300 クーペの魅力はたくさんありますが、特徴的な2点に絞って紹介します。 流麗なボディライン ホンダ 1300 クーペ最大の魅力は、複雑な曲線の組み合わせによる流麗なボディラインです。また、小型車ながらマッスルカーを思わせる精悍なフロントマスクも、他車との違いを主張しています。 しかも、ただデザイン性が高いだけでなく性能面の向上を図った結果だったからこそ、余計に美しさを感じるのかもしれません。空気力学に基づいて設計された複雑な曲線は、超大型のプレス鋼板でモノコック構造を実現。空力とボディ剛性両面で、スポーツモデルにふさわしい性能に仕上げられています。 機能性と豪華さを兼ね備えたコックピット 「フライトコックピット」と呼ばれるドライバーズシートも、ホンダ 1300 クーペの特徴です。立体成形されたインパネによって大型メーターやスイッチ類がすべてドライバーに向けて配置され、スポーツカーらしい操作性と豪華さを演出しています。 また、スペシャルティとしての性格を明確するため、内装全体もセダンから一新されました。 ホンダ 1300は価値が見直されつつある旧車 旧車の魅力は、絶対的な性能の高さだけではありません。現代の車にはないボディラインや独創的な装備、さらに背景にあるストーリーなどさまざまな要素が旧車の価値を決定づけます。大衆車とは一線を画すスポーティーな外観にDDACという個性あふれる空冷エンジン、さらに本田宗一郎氏の引退のきっかけにもなったというストーリー性と、まさにホンダ 1300 クーペは旧車ならではの魅力のつまった1台です。 また、そもそも販売期間がわずか2年ほどと短かったうえ、販売台数も伸び悩んでいたことから中古車市場に出回る台数は限られています。しかも、生産終了からでもすでに50年以上が経過し、希少性が高まっていることも評価が見直されつつある要因の1つです。 ホンダ 1300を売買されたい方は、新車販売当時の評価ではなく旧車としての正しい価値のわかる専門業者に相談することをおすすめします。
2022年に初代誕生から生誕50周年を迎えた、ホンダ車のなかでもっとも長い歴史をもつクルマであるシビック。初代の大ヒットを受けて登場した2代目シビックの派生車種が、ホンダ初のステーションワゴン、シビックカントリーです。 木目パネルが印象的なアメリカンテイストに仕上げられたシビックカントリーですが、その魅力は外観だけではありません。1980年の販売開始から、わずか3年間のみ製造された隠れた名車・シビックカントリーの全貌に迫ります。 時代背景を味方につけたシビック 高度経済成長を受けて一般庶民の多くが自家用車を手にするようになるなか、経済性と性能のバランスを追求して開発された初代シビックは成功をおさめます。また、基本フォルムを踏襲しつつ、ユーザーニーズに合わせた豊富なボディタイプが用意されていたこともシビックがヒットした要因の一つです。 続いて投入された2代目シビックでも、3ドアハッチバックを基本としつつ多くの派生車種が開発されました。なかでも「シビックカントリー」はホンダ初のステーションワゴンとしてシビック派生車種のなかでも特に異彩を放っています。 初代から正当進化を遂げた2代目シビック クルマとしての基本性能、居住性、さらには経済性をコンセプトに、バランスを重視して開発された初代シビック。コンパクトながら前後のオーバーハングをギリギリまで詰めたロングホイール化したことによる“台形”のようなフォルムは、当時の日本では斬新でした。また、発売翌年に搭載されたCVCCエンジンによって、世界一厳しいと言われたアメリカの排ガス規制、通称“マスキー法”を世界で初めてクリアしたこともあり、初代シビックは世界的な大ヒットを記録します。 初代の成功を受けて、1979年に投入されたのが2代目シビックです。当初、3ドアハッチバックのみが販売され「スーパーシビック」の愛称で知られる2代目は、初代の成功につながった台形プロポーションを受け継ぎつつ、ホイールベース、全長、全福のすべてでサイズアップされました。さらに、インパネの速度計と回転計を同軸に配置した「集中ターゲットメーター」や「ロータリー式オートラジオ」など新たな装備を採用したことでも注目を集めます。 アウトドアレジャーブームにホンダ シビックも呼応 1970年代後半には、日本国民の生活水準の向上とともにアウトドアレジャーブームが起きました。ちょうど2代目シビックの開発を進めていたホンダは、シビックの派生車種でアウトドアレジャーに対応することを決定し、ホンダ初のステーションワゴン「シビックカントリー」が誕生しました。 シビックカントリーは、2代目シビックの発売から1年後の1980年に登場。 商用のシビック・バンをベース車として開発されましたが、乗用にふさわしく内外装や走行性能、装着タイヤにいたるまで徹底的に再調整が施されました。アウトドアユースで、長距離移動をしても快適に過ごせるクルマに仕上がっています。 コンセプトを忠実に踏襲したシビックカントリー ただコンパクトで経済性が高いだけではなく、上質な内外装や高い走行性能をバランスよく実現したクルマだったことがシビック成功の理由です。シビックカントリーも、シビック本来のコンセプトを忠実に守って開発されています。 ここからは、高い走行性能や個性的な外装、機能性にこだわった内装とホンダのこだわりが随所にちりばめられたシビックカントリーの全貌を紹介します。 2代目シビックならではの高い走行性能 エンジンには、ベースであるシビック・バンには設定されていなかったEM型1.5L直列4気筒横置OHCエンジンを採用。最高出力80ps、トルク12.3kg・mを発生し、ストレスのない加速性能を発揮します。また、燃費性能も高く、5速MTモデルでは24km/L(60km/h定地走行時)を実現していた点も長距離ドライブの多いアウトドアユースにマッチしていました。 エンジン性能以外にも、ラック&ピニオン式ステアリングによって、スムーズなステアリングフィールを実現。エンジンパワーをいかした軽快な走りを楽しめました。 アメリカンテイストに仕上げられたエクステリア シビックカントリーの最大の魅力ともいえるのが、レジャーを強く意識した遊び心あふれるエクステリアです。 まず目を惹くのが、サイドとテールゲートに施された木目パネルと、サイドプロテクションモールです。さらに、前後の大型バンパーによって“カントリー”の名にふさわしいアメリカンテイストに仕上がっています。 アウトドアユースでの使い勝手を高めたインテリア アウトドアレジャーでの快適性や利便性を追求したインテリアも、シビックカントリーが注目を集めた理由の一つです。当時の実用車にありがちだった鉄板むき出しのインテリアではなく、フルトリム化されているうえ色味もトータルコーディネート。また、長さ1,720×幅1,290mmと広大な室内空間はクラストップレベルでした。 実用面でも、アウトドアを意識した装備となっています。4段階の角度調整のできる後席には、フルフラットにできる機構も組み込まれていて広いラゲッジスペースを確保できるようになっていました。また、運転席のボタン操作でテールゲートのロックを解除できる電磁式オープナーは、ユーザーの利便性を高める装備でした。 入手困難でも探す価値のあるシビックカントリー 新車販売当時、シビックカントリーは爆発的な人気があったとはいえないものの、高い走行性能とアウトドアレジャーのための快適性を兼ね備えていたことから常に一定の評価を得ていました。製造期間がわずか3年間で、販売終了からすでに40年が経過する旧車のため、現在中古車市場で見つけるのは至難の業です。 過去に販売した実績のある中古車販売会社へ問い合わせたところ、135万円で販売したとの回答がありました。また、旧車王でも100万円での買い取り実績があることから、今でも魅力的なクルマであることは間違いありません。 隠れた名車シビックカントリーを手に入れたい方は、旧車を取り扱う中古車業者にアンテナを張って根気強く探してみてください。 ※価格や経過年数は2023年2月記事執筆時のもの
縦型に配置されたヘッドライトと、中央で存在感を放つフロントグリル。1960年代を中心に販売された縦目のベンツ、通称“タテベン”は、今見てもエレガントさを感じさせるクルマです。 特に人気の高いモデルはW111ですが、“タテベン”は1モデルだけではありません。そこで今回は、1960年代を席巻した縦目のベンツの歴史を振り返ってみます。 1960年代ベンツの象徴だった縦目 現在のベンツも個性的なフロントマスクではありますが、ヘッドライトを縦型に配したデザインはひと目でそれとわかる個性を放っていました。 “タテベン”が生まれた時代背景を振り返ってみましょう。 実用品から嗜好品に変わっていった時代 縦目のベンツが登場したのは、1950年代の終わり。第二次世界大戦を乗り越え、人々の暮らしが向上しつつあった時代の流れに呼応するように生まれました。実用性重視だったそれまでとは異なり、車にデザイン性や高級感をより求めるようになっていきます。 実際、縦目のベンツとして1959年に登場したW111/W112は、特徴的な縦に並んだヘッドライト以外にも、フィンテールと呼ばれるアメリカ車キャデラックに影響を受けた華飾が施されていました。機能性や実用性だけでなく、見た目も車の評価軸に加わり始めていたということです。 後に生まれた“タテベン”“ハネベン”というこの時代のベンツを表す愛称が生まれたことからも、見た目のインパクトが強かった車だったということがわかります。 個性的なのにエレガントさを感じさせる 当時の自動車デザインからすると、縦型のヘッドライトはかなり個性的な部類でした。しかし、縦目ベンツは、今の車にはないゆとりと独特のエレガントさを感じさせます。しかも、メルセデス・ベンツは、同様の意匠を複数のモデルで展開しました。つまり、メルセデス・ベンツの「顔」として、個性的な縦目を定着させようといった意図があったのでしょう。 エレガントさを備えた独特の存在感は、現在のベンツのブランドイメージそのものです。デザインこそ全く異なりますが、今のベンツの方向性と地位を確立したモデルが縦目ベンツといっても過言ではありません。 フィンテール以外にも縦目ベンツは魅力のある車種 縦目のベンツというと、代表的なのは優雅なフィンテールをまとった“ハネベン”と呼ばれるW111/W112です。しかし、“タテベン”には、ほかにも多くの名車があります。 1960年代のメルセデス・ベンツを象徴する縦目モデルをみていきましょう。 縦目ベンツを象徴するW111/W112(1959-1971) 独特のフィンテールと一緒に語られることの多い縦目ベンツといえば、やはりW111/W112です。最初に登場したモデルだけあって、“ハネベン”の愛称で呼ばれるほど多くの人から今も愛されています。しかし、実は“ハネベン”は、W111/W112のセダンのみです。 W111には、250SE、280SE 3.5といったクーペモデルも存在していました。クーペモデルのボディラインは1957年にスケッチが起こされ、その後縦目の最終モデルまで踏襲されます。 また、W111が登場した1959年は、自動差産業が隆盛し大量生産される1960年代の突入直前という時期でした。実際、W111は最後のハンドビルドモデルといわれています。 2シーターモデルの方向性を決定づけたW113 W113は、縦目のクーペ、カブリオレモデルとして1963年に登場しました。性能は高いものの扱いにくい初代300SLと、スポーティさにややかける190SLの中間ともいえるバランスのよさが魅力です。中央部がわずかに凹んだ、パゴダルーフと呼ばれるデザイン性の高さにも多くの注目が集まりました。 W113は、230SL、250SL、280SLと進化を続けながら、その後のメルセデス・ベンツの2シーターモデルの方向性を決定づけました。サルーンよりは高い運動性能を備えつつも、上質なインテリアと運転のしやすさは現代の「SL」にも通じます。 Sクラスの前身になったW108/W109 W108/W109は、W111/W112に変わるフラッグシップモデルとして、1965年に登場しました。最大の変更点は、象徴的だったフィンテールが排除されたことです。縦目のフロントマスクは踏襲しつつも、より現代的なデザインに仕上がりました。 フラッグシップモデルにふさわしい、運動性能と乗り心地もW108の特徴です。見切りが良いボディラインと小回りが利くステアリングによって思いのほか運転しやすく、ボディサイズの大きさを感じさせません。また、リアサスペンションは古典的なスイングアクスルだったものの、驚くほど乗り心地は快適でした。 次世代ベンツへの橋渡し役W114/W115 1968年、最後の縦目ベンツであるW114/W115が登場します。W114/W115は排出ガス規制への対応など、市場の特性に合わせて細かく調整されました。結果的に1976年の販売終了までに、実に180万台も生産されました。 最も進化したポイントは、新開発されたシャシーです。縦目デザインを踏襲しつつも、クラッシャブルゾーンやステアリングコラムを設けるなどより現代的な設計に進化しました。 W113は1,000万円近い評価をされることもある メルセデス・ベンツの古き良き時代を象徴しつつ、現代のラインナップの源流にもなった縦目ベンツ。通称“タテベン”とも呼ばれ、現在でも多くのファンから愛されている車種です。 一方で、縦目だからといって、全モデルの評価が極端に高いわけではありません。なかにはリーズナブルな価格で取引されているモデルも存在します。 ただし、W111のクーペモデルやW113のオープンモデルなど、“タテベン”の一部の車種では高値がつく場合があります。特にW113は、1,000万円近い価格で買取されることも少なくありません。 縦目のベンツが販売されていたのは1960年代です。60年以上も前の車種だけに、売却する際は旧車の知識が豊富な専門業者への依頼をおすすめします。
高級サルーンを思わせるラグジュアリーな内装と、クロスカントリー車がベースとは思えない洗練された外装を備えたトヨタ ランドクルーザー シグナス。人気の高い100系ランドクルーザーに設定されたグレードの1つでありながら、海外ではレクサスでも販売されるなど、もはや別車種とも思えるほどの存在感を放つモデルです。 今回は、通常モデルの100系ランドクルーザーとの違いも含めて、ランドクルーザー シグナスの魅力を詳しく紹介します。 シグナスは高級感漂う専用装備が満載 ランドクルーザー シグナスと100系ランドクルーザーは、外観の印象から全く異なります。同一車種ながら、開発コンセプトが根本的に違う点が大きな要因です。 数々の専用装備によって高級感溢れる仕様に仕上げられたシグナスの魅力を、100系ランドクルーザーとも比較しながらみていきましょう。 100系ランクルとは一線を画すエクステリア ランドクルーザー シグナスの外観では、フロントセクションの違いが真っ先に目を惹きます。フロントバンパーはシグナス専用にデザインされ、グリル形状も100系オリジナルとは別物です。さらに、ヘッドライトやフォグランプに至るまで、全てがシグナスのために開発されています。 さらに、クロスカントリー車としての象徴でもある背面のタイヤですが、シグナスでは排除されています。「トップ・オブ・SUV」を掲げて開発されただけに、主戦場はオフロードではなく市街地というコンセプトを明確にする意図があったのかもしれません。なお、背面のタイヤをなくすスタイルは、100系ランクルの定番カスタムです。 また、後期モデルではホイールサイズが16インチから18インチへと一気に2インチサイズアップが図られました。また、ATも4速から5速に変更され、スタイルと乗り心地を求めるシティ派のSUVという性格をより強めています。 高級サルーンのようなラグジュアリー感 インテリアでは、標準装備されている本革シートの質感だけでも100系ランドクルーザーとの違いがわかります。ダブルステッチで縫い上げられた柔らかく艶のあるレザーシートは、100系の本革シートとクオリティに圧倒的な差がありました。また、ステアリングやシートノブといった車内の至るところに本木目パネルが配され、さらなる高級感を演出しています。 装備面でも、1990年代のクルマながら専用開発されたメモリー機能付きパワーシートを搭載。後期モデルで追加された先進の盗難防止システムも、より高級車としての性格を強めています。エンジンイモビライザーシステムや、正規のキー以外の解錠で警報を発するオートアラーム機能を追加しました。 海外ではレクサスブランドで販売 ランドクルーザー シグナスは、海外ではレクサス LX470として販売されていました。トヨタの最高級ブランドである、レクサスの名にふさわしいクルマを目指して開発されたということです。 国内では100系ランドクルーザーのグレードの1つですが、実質的にはレクサス車という見方もできます。実際、欧州の高級車にも引けを取らない内外装は、まさにレクサスそのものです。 中古車市場でも異彩を放つランドクルーザー シグナス ランドクルーザー シグナスは、中古車市場でも特別な存在です。100系ランドクルーザーの1グレードでありながら、全く別車種のような評価を受けています。 シグナスがいかに特別な存在かを、改めて確認していきましょう。 100系ランドクルーザーの1グレードとして登場 ランドクルーザー シグナスは100系ランドクルーザーと多くの点で異なりますが、あくまでもグレードの1つです。1998年1月にフルモデルチェンジをした100系ランドクルーザーに、上級グレードとして同年の12月に投入されました。 しかし、「シグナス」という名称からは、グレードの枠を超えたモデルだったことがわかります。ほかのグレード名は「VX」や「VXリミテッド Gセレクション」といった、いわゆるグレード名らしい名称でした。独立した車名にも思える名を与えられたのは、それだけ「シグナス」が特別なクルマだったからということでしょう。また、ほかの100系ランドクルーザーとシグナスは、カタログも分けられていたようです。 ガソリン車でもシグナスは特別 モデル全般が人気の100系ランドクルーザーですが、ガソリンエンジン車よりもディーゼルエンジン車のほうがより多くの支持を集めています。高い走破性が特徴の車種だけに、耐久性やトルクを求めるユーザーが多いためでしょう。しかし、シグナスに関しては例外のようです。 シグナスにはガソリンエンジン車しかありませんが、特別なモデルとして高く評価されています。また、100系ランドクルーザーのなかでは評価の低いガソリンエンジンですが、スペックは決して他車種に劣っているわけではありません。最高出力235ps、最大トルク43.0kgf・mを発揮する4.7LのV8エンジンは、市街地はもちろんのことオフロードでも十分通用します。 500万円もの買取価格がつくこともある 買取価格の高さからも、シグナスの特別感がうかがえます。年式にもよりますが、シグナスの新車価格は高いモデルでも500万円台後半です。しかし、旧車王では、2023年11月に2006年式のシグナスを約500万円もの価格で買取りました。 走行距離が5,500kmと年式からするとかなり短かったこともありますが、新車登録から17年も経過しているにも関わらず、新車価格に近い金額がつくことこそがシグナスの価値の高さを示しています。 特別感のあるシグナスは価値が落ちにくい 海外ではレクサスブランドで販売されるほど、ランドクルーザー シグナスは100系ランドクルーザーのなかでも特別な存在です。世界最高峰のSUVを目指して開発されたシグナスは、ランドクルーザー本来の高い走破性と豪華さを兼ね備えています。 道具としての車は、年数が経過するほど性能の劣化とともに一般的には価値が落ちていきます。しかし、シグナスのように道具以上の魅力のあるクルマは、古くなっても輝きを失いません。中古車相場は複雑な要因で動くため一概にはいえませんが、シグナスは今後も一定の価値を保ち続けることが予想されます。
軽い車体に有り余るパワーのターボエンジンが搭載されていて、胸のすく加速を味わえるトヨタ EP82 スターレット。1980年代の終わりに登場したコンパクトカーですが、格上の1.6Lクラスと肩を並べる、世代を代表するホットハッチとして現在でも高い人気を集めています。 高性能とは無縁の大衆向け自動車をルーツにもつ意外な側面も含めて、EP82 スターレットの全てを徹底的に紹介します。 軽量コンパクトでも戦闘力は高かったEP82 スターレット 高い走行性能が魅力のEP82 スターレットですが、スポーツカーというわけではなく本来のコンセプトは大衆向けのコンパクトカーです。実際、価格面だけをみると若者でも購入しやすい設定になっていて、大衆車であることがよくわかります。 EP82 スターレットは、そもそもどんなクルマで、なぜ人気モデルになったのかを振り返ってみましょう。 スターレットは名車パブリカが源流 初代スターレットは、2代目パブリカの派生モデルとして1973年に登場しました。パブリカは、トヨタ初の大衆車として歴史に残る名車です。スターレットが大衆向けコンパクトカーとしての地位を確立した背景には、パブリカの存在があったといっても過言ではありません。 1989年に4代目スターレットとして登場したのが、EP82型です。安価なエントリーモデルから走りを楽しめるスポーツモデルまで、バブル景気を背景に豊富なラインナップが用意されました。 EP82 スターレットの人気につながったターボモデル「GT」 EP82 スターレットを象徴するモデルとして知られているのは、ターボエンジンを搭載した「GT」です。4バルブハイメカツインカムのDOHCエンジンにターボ搭載という、排気量以外は本格的なスポーツカーにも引けを取らないスペックを誇りました。 しかも、新車価格はわずか124万円からという当時としても破格の価格設定。高い運動性能を考えると、かなりコスパのよいモデルだったといえます。コンパクトカーという車格のため内装は決して豪華とはいえないものの、布張りのドアパネルやサイドサポートのあるスポーティなシートなど一定の水準を保っていました。 下位モデル「ソレイユ」も人気 EP82 スターレットといえばターボ搭載の「GT」ですが、実は下位のノンターボモデルも十分に高いポテンシャルを秘めていました。61万円からという販売価格ながら、最高出力100psを発揮するハイメカツインカムのDOHCエンジンを搭載していました。 また、サスペンションやタイヤをスポーティなものに交換すれば、手軽に運動性能を高められる点もソレイユの魅力です。車重がGTよりも100kg以上軽いわずか710kgということもあって、格上の「テンロク」と呼ばれる1.6L車はもちろん、NAモデルならシルビアよりも速かったという逸話も残っています。 じゃじゃ馬ながら格上にも勝る確かな運動性能を備える「GT」 EP82 スターレットが登場した1980年代後半から90年代前半にかけては、同じトヨタのレビン/ トレノ、ホンダ シビック、三菱 ミラージュといった1.6Lスポーツの全盛期を迎えつつありました。一方、EP82の排気量はテンロクから300ccも少ないわずか1.3L。これだけのハンデを背負いながら互角以上に戦える性能を備えていたため、多少ピーキーで扱いにくい面があったことは否めません。 しかし、エンジンだけでなく車体も細部まで作り込まれており、実は運動性能も先代からかなり向上していました。ここからは、EP82 スターレットの最高グレードGTの魅力をたっぷりご紹介します。 クラス最高峰のホットハッチ EP82 スターレットGTには、最高出力135psを発揮する1.3Lの水冷直列4気筒DOHC16バルブのインタークーラー付ターボエンジンが搭載されています。大衆車の車格ながら、高性能エンジンの目安といわれる1L当たり100psオーバーを実現していました。 同じくホットハッチの代表格として同時期に販売されていた1.6Lのホンダ シビック(EF9)でも、ちょうど100ps/Lだったことを考えると格下のEP82のエンジン性能は驚異的です。しかも、車重はわずか830kgだったため、加速力はシビックをも凌ぐほどでした。 運動性能は先代から大幅進化 830kgの車体に135psというハイパワーエンジンを搭載していることから、EP82スターレットは扱いにくい「じゃじゃ馬」とよく表現されます。先代のEP71から続く個性ともいえるキャラクターではあるのですが、EP82では実は運動性能が大きく改善されています。 前後トレッド幅の拡大やボディ剛性の強化、さらにこのクラスとしては幅の広い175/60R14サイズのタイヤを装着することでコーナリング時の安定性を強化。また、4輪ディスクブレーキを採用し、さらに格上のAE92と同サイズとすることでスポーツ走行に欠かせないブレーキ性能の向上も図られていました。 30年以上前のクルマなのに中古車としての価値を維持 EP82 スターレットの運動性能がいくら高いとはいえ、あくまでも大衆車という位置づけのクルマでスポーツカーではありません。しかも、登場は1980年代と30年以上前のオールドカーです。しかし、人気の高かった「GT」を中心に、いまだに中古車市場で一定の評価を得ています。 中古車の価値は需要と供給のバランスで決まるため確かなことはいえませんが、クルマとしての性能の高さはもちろん楽しさを感じられるために高く評価されているのではないでしょうか。 ただし、多くの人が普段の「足」として利用していたため、中古車で購入する際は状態の確認が重要です。また、旧車の取り扱いに慣れていない中古車業者だと、年式と車格からほとんど価値がないと判断されかねません。取引をする際は、旧車専門の業者に相談することをおすすめします。
「アルピナ」の商標権がBMWに譲渡されるというニュースが、2022年に話題になりました。アルピナ社はBMWと長年協力関係を結び、独自の開発でBMW車にひと味違う魅力を与えてきた自動車メーカーです。 規格外のハイパワーエンジンと独自の世界観をもつ内外装が魅力のアルピナについて、商標権譲渡の真相とともに詳しく紹介します。 BMW車の価値を高めるアルピナ 自動車メーカーのアルピナは、BMW車に新たな命を吹き込む開発を続けてきました。一方で、長年続いたBMWとアルピナの協力関係は、商標権の譲渡によって2025年に終了することがすでに発表されています。 アルピナが単なるチューニングメーカーでないことと、商標権譲渡の意図を振り返っていきましょう。 アルピナ車は自動車メーカー ドイツにあるアルピナ社は、アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社という正式名称の自動車メーカーです。ベース車輌がBMW製であることからBMWの高性能モデルブランドと誤解されがちですが、独立した自動車メーカーとして開発や組立工程から独自で行っています。 最近のモデルこそBMWのラインで組み立てられていますが、かつてはホワイトボディからアルピナで製造されていました。独自の思想でBMW車を再度開発し、オリジナルにはない新たな魅力と価値を与えたモデルを生み出してきたのがアルピナです。 商標権譲渡はアルピナブランドを次世代に残すための決断 長年BMWと良好な協力関係にあったアルピナですが、2022年にBMWによるアルピナ商標権の獲得が報じられました。株式や資産などは引き続きアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社に残されますが、アルピナが開発するBMW車は今後はなくなるということです。 ファンにとっては寂しいニュースですが、実は「アルピナ」というブランドを将来に残すための決断だったという見方もできます。電動化や世界的な規制が厳しくなるなか、小規模メーカーでは対応が難しくなってきていました。実際、現在アルピナが製造する車輌は、BMWの工場で多くの工程が組み立てられるように変化しています。 商標権をBMWに移譲したことで、「アルピナ」の名称は時代の変化による消滅の可能性が限りなく低くなりました。「自社のラグジュアリーカーをより多様なものにする」という展望をもつBMWが、今後どのような形でアルピナの名称を利用していくのかに期待が高まります。 中古車市場でも価値の落ちないアルピナ製BMW車 アルピナが製造していたモデルは現在でも人気が高く、ベースのBMWの車輌に価値がなくても高値で取引されているものがいくつもあります。つまり、アルピナの開発によってBMW車が新たな価値を得たということです。 名車揃いのアルピナ BMWのなかでも、特に人気の高い3モデルを紹介します。 E34を超高性能サルーンに高めたB10 Bi-Turbo B10は、強力なツインターボエンジンを搭載した超高性能サルーンです。「ビックシックス」と呼ばれる直列6気筒エンジンを究極までチューニングし、最高出力を370psまで高めました。ツインターボとしたことで、低回転域から高回転域までトルクが持続します。 大柄ボディの重量級E34ですが、アルピナのチューニングエンジンによって強烈な加速を実現。さらに、シャシーの剛性強化やゲトラグ製の5速ミッション、BOGE製のレベライザー付きショックアブソーバーなど、強力なパワーを余すことなく発揮できる車体設計もさすがアルピナというポイントです。 E36に究極の洗練さを与えたB8 4.6 リムジン E36の直列6気筒エンジンに換え、強力な4.6LのV8を搭載したのがB8 4.6 リムジンです。 BMWの3シリーズとして生産された比較的コンパクトなE36に、最大340psを発揮するV8エンジンを押し込んだことで異次元の加速力を発揮します。 一方で、誤差1/1000gの精度で組み上げられたエンジンは、暴力的な加速に反して驚くほどスムーズ。しなやかな足回りも相まって、E36にさらなる上質さを与えます。また、内装もスポーティーながらエレガントさも持ち合わせていて、究極のパワーと洗練さを両立したモデルです。 E28にメカチューンを加えたB9 3.5 B9 3.5は、SOHCエンジンながらDOHCエンジンの初代M5に匹敵するハイパフォーマンスモデルです。ボアアップや圧縮比の向上、カムシャフトと吸排気バルブの見直しといったNAエンジン定番のメカチューンを徹底的に施して、245psもの最高出力を絞り出すことに成功しました。 ターボでは味わえないNA特有の加速感が人気を集めたのか、生産台数は当時のアルピナとして最大の577台にまで達します。異径4灯のヘッドライトやアルピナストライプの入ったシャープなボディラインといった外観のアルピナらしさも、B9 3.5の魅力です。 永遠ともいわれるアルピナの価値の今後の動向に注目 アルピナの価値は旧車になっても失われることはありません。たとえば、現在では査定額がほぼつかないE36でも、B8 4.6 リムジンなら600万円もの価格がつきます。さらに、E28をベースにしたB9 3.5に至っては950万円もの高値での買取実績もあります。 一方で、もともと生産台数の少ないアルピナモデルは、旧車のなかでもかなり希少な部類です。特にベース車輌の価値が失われつつある現在では、旧車王のようにアルピナを正しく査定できる業者は決して多くありません。商標権の譲渡によってアルピナが今後BMWを製造しなくなることも含めて、アルピナの価値を評価してくれる専門性の高い業者に売却の相談をしてください。