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増田 真吾の記事一覧

フォード シエラはただのマイナー車種?! R32 GT-Rが登場するまで日本でも無敵を誇った実力を徹底紹介
旧車の魅力と知識2023.12.13

フォード シエラはただのマイナー車種?! R32 GT-Rが登場するまで日本でも無敵を誇った実力を徹底紹介

ヨーロッパ・フォードが1980年代に販売していた、斜めに切り立ったフロントマスクと角目のヘッドライトが個性的なシエラ。正規輸入されていなかったこともあり、日本では知る人ぞ知る車種の1つです。レースでの活躍を目指して投入された高性能モデルで、欧州のみならず日本でも当時無敵を誇りました。 日産 R32型GT-R誕生のきっかけになったともいわれる、フォード シエラについて詳しく紹介します。 フォードなのにアメ車ではないシエラ アメリカ自動車メーカーのビッグスリーの一角をなすフォードですが、シエラはいわゆる「アメ車」ではなく欧州拠点で開発されたモデルです。 新世代ファミリーカーとして欧州市場でのシェア獲得を目指した、シエラの開発背景を振り返ってみましょう。 欧州市場を狙ったシエラ 欧州への進出を目指したフォードは、1960年代からヨーロッパ・フォードとしてイギリスとドイツに拠点を置いていました。シエラは、欧州両拠点から1982年に発売されます。コルティナとタウナスの後継である、「新世代ファミリーカー」として位置づけられました。 イタリアのカロッツェリア・ギア社がデザインを手掛けていたという点からも、フォードが欧州市場を強く意識していたことがわかります。一方で、空力を強く意識したモダンなデザインはイギリスの既存ユーザーには不評だったという話も残っているため、当初から欧州を席巻したモデルというわけでもなかったようです。 実力を証明するためレースに投入 ヨーロッパ・フォードは、設立時からレースに積極的に取り組んでいました。自動車レースの本場ヨーロッパだけに、欧州進出を目指すフォードにとって重要な戦略だったのでしょう。 シエラが発売された1982年からグループA規定を採用したETC(ヨーロッパ・ツーリングカー・チャンピオンシップ)では、既存のカプリで参戦したものの結果が残せずにいました。1986年にはシエラのスポーツグレードXR4Tiを投入しますが、レースで主導権を握るまでには至りません。そこでフォードは、シエラをベースにレースで戦えるマシンの開発に本気で取り組むことを決断しました。 名門コスワースとのタッグで誕生したシエラRSコスワース シエラでレースに勝つためにパートナーとして選んだのは、フォードと関係性の深かったイギリスのエンジンメーカーコスワースでした。コスワース製ハイパワーエンジンを手に入れたシエラは、ツーリングカー選手権で好成績をあげます。 無敵を誇ったシエラRSコスワースについて、日本での戦績も交えながら詳しく紹介します。 グループA規格で戦うために開発 グループA対策を施したシエラは、シエラRSコスワースとして1986年に登場します。シエラのためにコスワースが用意したのは、最高出力204馬力を発揮する2LのDOHCターボエンジンでした。5,000台の生産実績というグループAの規定(当時)を満たして、1987年からWTC(世界ツーリングカーチャンピオンシップ)に投入されました。 また、エンジンの変更だけでなく、フォードは車体各部を徹底的に見直します。フロントマスクに設けられた冷却用のエアインテークや大型のリアウィングによって、見た目の印象もファミリーカーから大幅に変わりました。 翌年にはRS500にアップデート シエラRSコスワースが登場した翌年の1987年には、シエラRS500コスワースにアップデートされます。タービンの変更やインタークーラーの大型化によって、最高出力は225馬力まで引き上げられました。さらに、レース用モデルは、最高出力500馬力だったともいわれています。 さらに、グループA規定に違反しない箇所の全てに手を加えたといわれるほど、車体も大幅に変更されました。外観は基本的にシエラRSコスワースを踏襲しているものの、2段式になったリアウィングが戦闘力の高さをうかがわせます。 日本のツーリングカー選手権を席巻 シエラRSコスワースは、トランピオチームからJTC(日本ツーリングカー選手権)にも参戦します。開幕戦こそリタイアに終わるものの、第2戦では2位、第3戦では早くも優勝を果たして実力の高さを証明しました。 さらに、WTC最終戦にも組み込まれたインターTECに投入されたシエラRS500コスワースも圧倒的な強さをみせます。エッゲンバーガー・モータースポーツが優勝、トランピオチームが2位というワンツーフィニッシュを達成しました。また、エントラント部門での世界チャンピオンも獲得しました。 1988年には、6戦中4戦でシエラが優勝を獲得。1989年には開幕戦と最終戦の2勝にとどまったものの1987年と1988年には2年連続で全日本タイトルを手中に収め、日本のツーリングカー選手権を席巻しました。 日産 R32型GT-Rの誕生のきっかけともいわれるシエラ 日本のレースで無敵を誇っていたシエラの快進撃を止めたのは、1990年の日産 R32型GT-Rでした。実は、R32型GT-Rはシエラを倒すために投入したともいわれています。R32の高い走行性能は誰もが認めるところですが、逆の見方をするとシエラはそこまでしないと倒せない存在だったということです。 輝かしいレースの成績を収めたシエラですが、正規輸入されていなかったこともあり日本国内ではあまり流通していません。希少車は入手が難しいのはもちろんですが、実は売却時にもスムーズに取引できないこともあるため注意が必要です。流通量が少ないがゆえに正しい金額がつかない場合や、業者によっては買い取ってもらえない場合もあります。 旧車の買取経験豊富な旧車王では、希少で流通しにくいシエラRSコスワースも2023年11月に買取りました。フォード シエラを取引する際は、旧車のノウハウをもった専門業者に相談することをおすすめします。

3気筒エンジンがうるさいのは過去の話?! 品質重視の欧州車で急増している理由
旧車の売買と鑑定市場2023.11.27

3気筒エンジンがうるさいのは過去の話?! 品質重視の欧州車で急増している理由

「うるさい」「振動が大きい」といった、ネガティブな面ばかりが気になる3気筒エンジン。しかし、コンパクトカーに最適なエンジンとして、欧州車を中心に搭載車が増加しつつあります。 走りの上質さを求められる欧州車で、なぜ安っぽいイメージの3気筒エンジンが急増しているのかを紹介します。 省燃費時代に見直されつつある3気筒エンジン エンジンの効率がよく小型に設計できるものの、振動や音の大きさから普通車以上の車格ではあまり3気筒エンジンは採用されてきませんでした。実際国産車では、現在でも軽自動車が中心です。 しかし、欧州車では、徐々に3気筒エンジンが小型車を中心とした普通車で普及しています。3気筒エンジンの国内外の状況を改めて振り返ってみましょう。 国産車では軽自動車のイメージが先行 3気筒エンジンと聞いて、軽自動車用エンジンを真っ先にイメージする方も多いのではないでしょうか。実際、世界で初めて4ストローク直列3気筒エンジンを搭載したのは、1977年に発売された初代ダイハツ シャレードです。 そして、2023年11月現在販売されている軽自動車は、すべて3気筒エンジンです。初代シャレードでの採用をきっかけに、軽自動車のエンジンは主流だった4気筒エンジンから3気筒エンジンに置き換わっていきました。ちなみに、国内最後の4気筒エンジン搭載の軽自動車は、奇しくも3気筒エンジンの先駆者ダイハツの初代コペンでした。 一方で、国内メーカーの普通車では、3気筒エンジンはあまり普及していません。近年になって、トヨタ GRヤリスやスズキ スイフトなどの普通車で3気筒エンジンが採用されていますが、まだ大きな広がりにはなっていないようです。 欧州車で発生したダウンサイジングターボという流れ 環境性能を重視するヨーロッパを中心に、2010年頃より「ダウンサイジングターボ」に注目が集まりました。環境性能を満たしつつ、大排気量車に負けないパワーを目指して各社が開発を加速させます。 ダウンサイジングターボとは、小型エンジンの出力を補う目的でターボ化したエンジンのことです。出力を維持しつつエンジンを小排気量化できるため、環境性能と走行性能の両立を図れます。 車としての性能も求められる欧州車で、高い環境性能を実現する手段の1つとして、ダウンサイジングターボはBセグメント車を中心に多くの車種で広まっていきました。 3気筒エンジンのメリットとデメリット 3気筒エンジンには、小型車に最適な大きなメリットがあります。一方で、特有のデメリットがあったのも事実です。 そこで、3気筒エンジンのメリットデメリットと、欧州で普及した理由を詳しく紹介します。 小排気量エンジンで理想的な3気筒エンジン 3気筒というのは、実は小排気量エンジンでは理想的な気筒数です。まず、回転時の損失が4気筒エンジンに比べて少なくなります。気筒数が多いほどピストンとシリンダーの摩擦による損失、フリクションロスが増えるためです。損失が少なくなり、結果的に燃費や性能の向上が見込めます。 また、1気筒あたりの排気量が理想に近いことも、小型エンジンで3気筒が有利な点です。最も効率のよい1気筒あたりの排気量は、400〜600ccといわれています。例えば1,500ccエンジンの場合、4気筒だと1気筒あたり375ccと理想値の下限を切ってしまいますが、3気筒だと500ccという理想のど真ん中の数値です。 さらに、そもそも4気筒エンジンよりも1気筒少ないため、小型軽量に設計できます。車重が軽くなって燃費がよくなるうえ、運動性能の向上にもつながる点も3気筒エンジンのメリットです。 振動と音による安っぽさがデメリット 3気筒エンジンのデメリットは、振動と音が大きいことです。4気筒エンジンでは、2気筒がセットになって動くため、比較的音と振動を抑えられます。しかし、3気筒エンジンでは、着火した1気筒に対して残りのシリンダーはそれぞれ上昇途中、下降途中という別の動きをします。その際にエンジン全体をひねるような力が働いて、特有の振動が起こるのです。 エンジンが揺れるとトランスミッションや車体も少なからず振動するため、3気筒エンジン搭載車は不快な振動や音が大きくなってしまいます。 欧州車はデメリットを克服 欧州車は、環境性能への要求の高まりから3気筒エンジンの開発に取り組みました。一方で、上質な走りや高い走行性能も要求されるため、3気筒エンジンのデメリットの解消と高出力化も重要な課題でした。振動の抑制や直噴システムの制御など、さまざまな工夫を凝らして車の評価に厳しい欧州ユーザーを満足させる3気筒エンジンを生み出します。 ダウンサイジングターボの成功例の1つは、プジョー 308です。搭載される1.2Lピュアテックターボエンジンは、4年連続で1.0~1.4L部門のインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーを獲得しました。1気筒あたり5つの噴射口を持つインジェクターによって燃焼の高効率化を図り、ターボとの組み合わせで最高出力は130psを発揮。一方で、3気筒エンジン特有の振動はほとんど感じないといいます。 3気筒エンジンの市民権は今後も拡大 日本でも徐々に広がりをみせている小型車への3気筒エンジンの搭載ですが、やはり欧州車のほうが一日の長があります。欧州の厳しい基準とユーザーの評価を満たすために開発されただけあって、省燃費性、出力、上質さを兼ね備えた3気筒エンジン車ばかりです。 プジョー308、フォルクスワーゲン ゴルフやポロなど、日本でも人気の車種に多数搭載されているため、3気筒エンジンという視点で欧州車を見比べてみるのも面白いかもしれません。

ミニクーパーの正しい車名とは? 誕生の歴史を徹底的に振り返る
旧車の売買と鑑定市場2023.11.24

ミニクーパーの正しい車名とは? 誕生の歴史を徹底的に振り返る

かわいらしいスタイリングと小気味の良い走りが魅力の、ミニ クーパー。1950年代終わりにイギリスで生まれたコンパクトカーは、半世紀以上経った現在でも多くの人に愛されています。 しかし、単にデザイン性だけを追求して生まれたわけではなく、ミニが開発された背景には大きな社会問題がありました。ミニの開発背景と、人気の「ミニクーパー」について呼称の由来も含めて詳しく紹介します。 41年間も製造されたイギリス生まれの名車ミニ ミニは、1959年に登場したBMC(ブリティッシュモーターカンパニー)の4人乗り小型車です。850ccエンジン搭載の小型車というスペックだけをみると、それほど特徴的とはいえません。しかし、当時のイギリスの経済状況を考えると、救世主ともいえる存在でした。 2000年の販売終了まで41年間もフルモデルチェンジをしないまま製造され続けた、ミニの開発背景と目的達成のための開発陣のこだわりを紹介します。 開発コンセプトが車名になった ミニの開発背景を知るために、まずは当時のイギリスを取り巻く経済状況を紐解いていきましょう。ミニが登場した1950年代後半は、スエズ動乱によって石油価格が高騰していました。イギリスの大衆は、排気量1,000cc前後の普通車の維持が困難になり、排気量200〜400ccほどのバブルカーと呼ばれる車が流行する事態に陥ります。 そこで、BMCの会長レナード・ロードは、「経済的な4人乗り小型車」の開発を指示しました。そこで、BMCの前身モーリス社時代に小型車の開発で成功した、イギリス人エンジニアのアレック・イシゴニスに白羽の矢を立てます。 イシゴニスは、エンジン下にギアボックスを組み込む2階建て構造「イシゴニス方式」を考案するなど斬新なアイディアを盛り込んで開発を進めました。そして、1959年にロードの要望を満たす、850ccの4人乗り小型車「ミニ」の誕生に至ります。 「ミニ」という車名の正確な由来は不明ですが、車輌の開発コンセプトと大衆の親しみやすさを考えるとぴったりの名前です。 BMC開発陣は高い技術力を発揮 4人乗りを実現しつつ経済的という条件を満たすには、小型化するしかありませんでした。そこで、BMC開発陣は、フロント横置きエンジンのFFレイアウトでキャビンの容積の確保と小型化を両立させます。小型車でFFというのは現在では当たり前の技術ですが、当時は4気筒エンジンを搭載する乗用車ではほとんど例がなく、実質世界初ともいえる挑戦でした。 結果的に、前後オーバーハングをギリギリまで切り詰めることに成功。わずか3mという全長ながら、4名乗車という要件を満たす小型車を誕生させました。 ミニの地位を不動のものにしたクーパー ミニは初代のMKⅠから販売終了まで、大枠のデザインを変えないまま製造され続けました。時代の流れとともに排気量の向上や各部の改良はありましたが、フルモデルチェンジをしないまま支持され続けたのはMKⅠの成功があったからこそです。 そして、MKⅠの人気を不動のものにしたのが、「クーパー」の存在でした。レースで結果を残して、ミニの実力の高さを証明したクーパーについて詳しく解説します。 車名と勘違いさせるほどミニを定着させた「クーパー」 「ミニクーパー」と呼ばれることの多いミニですが、「クーパー」は車名ではなく実はグレード名です。クーパーカーカンパニーというレーシングカーを手掛ける企業が、サルーンカーレースでの勝利を目指してミニ MKⅠをチューニングベースとして選んだことに由来します。 クーパーカンパニーの製作したミニは、1962年にレーシングカーのベースモデルとして「ミニ クーパー」の名称で販売をスタート。排気量を848ccから997ccに向上、さらにブレーキの強化といったチューニングを施されていました。 クーパーSでラリー界を席巻 ミニ クーパー発売の翌年には排気量を1,071ccまでアップさせた「クーパーS」を発売。さらに、1,275ccまで排気量を上げた高性能モデル「1275クーパーS」に発展させます。 ミニの武器は、車重の軽さに由来する優秀なパワーウェイトレシオときびきびとしたハンドリングでした。排気量を向上させても、絶対的なエンジン出力はライバル車に及びませんでしたが、モンテカルロラリーで1964年、1965年、1967年の3度もの総合優勝を果たしミニ クーパーの名前を世界に知らしめます。 たとえば、1967年にラウノ・アルトーネンがミニ・クーパー Sで優勝した際は、2位ランチア・フルビア HF、3位ポルシェ 911 Sを抑えて勝利しました。ミニよりも高出力を誇るマシンを倒しての優勝は、ミニの車としての高い性能と信頼性を証明。その後の40年以上にわたる世界的な人気につながったといえるでしょう。 せっかく乗るならオリジナルのミニ クーパー ミニは、2001年にBMWから新モデルも発売されています。しかし、MKⅠの系譜を継ぐ、オリジナルモデルの魅力は衰えていません。特に走行性能の高いクーパーSは、ミニ愛好家の支持を今も集めています。 一方で、最終型のMKⅩでも販売終了から20年以上経過し、MKⅠに至っては発売から60年以上が経っています。いかにラリーで耐久性を示したミニといえど、経年劣化による性能の低下は否めません。また、壊れやすいといわれるATやオイル漏れといったミニ特有の持病もあるので、取扱いには注意が必要です。 ミニを購入や売却する際は、古いクルマへの知識と知見が豊富な専門業者に相談しましょう。 ※経過年数は2023年11月執筆当時

ER34なのにGT-R?! Rマニアが仕上げるGT-R仕様の魅力に迫る
旧車の魅力と知識2023.11.20

ER34なのにGT-R?! Rマニアが仕上げるGT-R仕様の魅力に迫る

フロントグリルにおさまる、「R」が強調されたエンブレム。日産のみならず、日本を代表するスポーツカー、スカイラインGT-Rの証です。特に人気なのがR34型スカイラインGT-R。しかし、あなたの目の前にあるGT-Rは、本来の型式であるBNR34ではなく「ER34」かも知れません。 R34マニアが、ER34をベースにカスタマイズしたGT-R仕様車が今注目されています。外観上は見分けがつかないほど精巧なカスタマイズ車も存在する、ER34のGT-R仕様について詳しくみてみましょう。 R34型は第2世代最後のスカイライン R34型スカイラインは、R32型から続く第2世代と呼ばれるスカイラインの最終モデルです。当時不評だった、丸みを帯びた重い印象のR33型の後継ということで、スカイラインらしさを感じるシャープな印象に仕上げられました。 下位グレードであるにも関わらず人気のあったER34も含めて、R34型スカイラインについて振り返ってみましょう。 BNR34は「スカイライン」最後のGT-R BNR34は、結果的にスカイラインとして最後のGT-Rになりました。スカイラインの最上位グレードとして生まれたGT-Rですが、BNR34の後継モデルの35型からは「GT-R」という車名でスカイラインから独立したためです。 BNR34はスカイラインGT-Rの集大成にふさわしく、クルマとしての完成度を追求したモデルでした。「究極のドライビングボディ」と称して、ボディ剛性と空力特性を大幅に向上。さらに、前後重量配分は、理想的といわれる50:50に限りなく近い55:45を実現しました。 エンジンは第2世代GT-R共通のRB26DETTですが、ボールベアリングタービンの採用などで最大トルクは40kg・mにまで引き上げられています。 FR車として人気の高かったER34 R34型スカイラインのなかでは、スポーティーモデルのER34も人気の高いモデルです。GT-Rの性能には及ばないものの、ターボモデルに搭載するRB25DETエンジンは自主規制いっぱいの最高出力280psを発生させます。駆動方式がスポーツ走行に最適なFRということもあって、スポーツ走行から街乗りまで幅広く楽しめることもER34の魅力です。 また、カスタムベース車輌としても、ER34は支持を集めています。完成度の高いGT-Rではカスタマイズを楽しもうにも手を加える余地があまり残っていないうえ、中古車価格の高騰でそもそも入手が困難です。結果的に、GT-Rに比べると安価に入手でき、チューニング余地の残るER34はカスタマイズユーザーにとってはちょうど良いモデルなのです。 ER34のGT-R仕様が熱い ER34で人気のカスタマイズが、GT-R仕様への変更です。基本的なシャシーやボディデザインが共通のため、パーツの流用によってER34をBNR34風に仕上げることができます。 ライトチューンから性能面含めてGT-Rを狙う本格的なものまで、ER34のGT-R化について詳しく紹介します。 ライトチューンで雰囲気を楽しむ ER34のGT-R化で定番なのは、フロント周りの変更でGT-R顔にしてしまうカスタマイズです。あまりボディ本体に手を加えずに楽しめるため、比較的手軽にGT-Rの雰囲気を味わえます。 具体的には、フロントバンパー、フェンダー、ボンネットをGT-R用のパーツに変更するだけです。クルマの性能自体は変わりませんが、GT-Rルックを手軽に手に入れられます。 また、本物のGT-Rにはなりませんが、ER34用に発売されているGT-R風フロントバンパーを利用すればもっと簡単です。フェンダーやボンネットといった大型のパーツを変更することなく、GT-R風を楽しめます。 RB26DETTエンジンを搭載してGT-Rに近づける ER34のGT-R化は、見た目だけにとどまりません。GT-Rに装備された高性能パーツも、ER34に移植可能です。代表的なのはブレーキの移植で、取り付けの難易度もそこまで高くありません。また、GT-Rからのブレーキの流用は、R34型だけでなくR35型のものも最近では人気です。 さらに、本格的にGT-Rを目指すチューナーのなかには、GT-RのRB26DETTエンジンに載せ替える人もいます。手間はそれなりにかかりますが、究極のGT-R仕様ともいえるでしょう。 本物にはない装備で楽しめる ER34をGT-R仕様にすると、本物とは違う個性的なGT-Rを楽しめます。たとえば、4ドアセダンをベースに制作すれば、4枚ドアという迫力のあるGT-Rも実現可能です。 また、サンルーフも本物のGT-Rには設定がありません。純正オプションのサンルーフ装備のER34であれば、開放感のある特別なGT-Rに仕上がります。 内装もBNR34とER34では異なるので、全てをGT-R仕様にすることは困難です。しかし、あえてER34のよさを活かすことで、本物とは違う魅力を引き出せます。 高額査定にもつながるER34のGT-R仕様 最後のスカイラインGT-R、BNR34の人気が高いことはいうまでもありません。しかし、ER34も当時の新車価格を上回る価格で取引されるなど、チューニングベースとしても素性が良いだけに現在でも高い人気を誇ります。 さらに、ER34のなかでも注目されているのが、GT-R仕様の車輌です。GT-Rの純正パーツを利用してしっかりと作り込まれていれば、高額査定につながることも少なくありません。一般的には、純正から変更されていると売却価格は下がりますが、ER34のGT-R仕様なら場合によってはリセールバリューの向上につながります。 GT-Rを楽しむ方法の1つとして、入手の難しいBNR34ではなくあえてER34を選んでカスタマイズという手段も検討してみてはいかがでしょうか。

レガシィS401 STiバージョンは不人気車?! 当時売れなかったことでより希少性の高まった名車
旧車の魅力と知識2023.11.13

レガシィS401 STiバージョンは不人気車?! 当時売れなかったことでより希少性の高まった名車

専用パーツによるチューニングで高い走行性能を発揮する、レガシィS401 STiバージョン。スポーツセダンの代表車種ともいわれるレガシィB4を、スバルのスポーツ部門STi(現在は大文字のIを使用した「STI」だが、文中は小文字の「STi」を使用)がコンプリートカーとして製作したモデルです。 バランス取りまで施されたこだわりのエンジンを搭載するレガシィS401 STiバージョンについて、開発背景と魅力をたっぷりと紹介します。 人気のSTiモデルなのに売れなかったレガシィ 初代レガシィB4(レガシィとしては3代目)をベースに開発された、レガシィS401 STiバージョン。スバルファンに人気のSTi仕様車にも関わらず、登場した当時の販売台数は限定販売数にさえ届きませんでした。 しかし、ベースのレガシィB4、レガシィS401 STiバージョンともにスバルとSTiがブランドの転換を図った重要なモデルです。まずは、レガシィB4とSTiについて詳しく説明します。 スポーツセダンとしての地位を確立したレガシィB4 1989年から販売されていたレガシィは、1998年の3代目へのモデルチェンジで「B4」という新たなブランドを打ち出します。ステーションワゴンとセダンという2種のボディタイプのうち、セダンをレガシィB4と改めました。 初代レガシィB4は、RSとRSKというスポーツグレードのみを展開します。車としての性格を明確にしたことが、スポーツセダンとしての地位の確立につながりました。 スバルのスポーツブランドSTi STiは「SUBARU TECNICA INTERNATIONAL」の略で、スバルのモータースポーツ参戦母体です。また、同社のスポーツモデルブランドとして、レース経験で培ったノウハウを市販車にフィードバック。「STi」の名を冠した、数々のモデルが市場に投入されています。 なかでも、コンプリートカーと呼ばれるモデルはSTiの技術が存分に詰め込まれていて、メーカー公認のチューニングカーともいえる特別な存在です。レガシィS401 STiバージョンは、レガシィB4をベースにしたコンプリートカーとしてモデル末期の2002年に登場しました。 STiによるコンプリートカーは以前からありましたが、レガシィS401 STiバージョンは従来の戦闘力重視からプレミアム路線への転換を目指したモデルです。レガシィB4という新たなブランド戦略をとるスバル本体と、STiの新たな方向性の打ち出しは奇しくも同じタイミングでした。 限定販売だったのに伸びなかった販売台数 現在のSTiモデルはプレミアムカーとして定着していますが、当初は性能重視のブランディングでした。レガシィS401 STiバージョンからプレミアム路線に切り替えたことが、価格面も含めて当時のスバルファンにはあまり受け入れられなかったのかもしれません。同年に発売されたインプレッサのコンプリートカーS202がベース車輌から約65万円アップだったのに対して、レガシィS401 STiバージョンは約170万円も高い435万円という価格設定でした。 STiの名に相応しい名車レガシィS401 STiバージョン プレミアム路線に切り替えたといっても、レガシィS401 STiバージョンは「STi」の名に相応しい高い戦闘力を備えていました。 専用チューニングされたエンジンは手作業で組み立て レガシィS401 STiバージョンのエンジンは、専用ECUによる制御や吸排気系の変更で最高出力が293psまで高められています。エンジンの最大の特徴は、レーシングカーのように手組みされている点です。 ピストン、コンロッド、クランクシャフトの重量を1つずつ計測して、誤差がほぼゼロになるようバランスをとって組み上げられています。エンジンのバランス取りは極限の性能を求めるレーシングカーのチューニング手法で、量産型の車では限られた車種でしか採用されていません。 妥協のない足回りの作り込み かつてはWRCでも活躍したレガシィのコンプリートカーだけに、STiは走行性能にもこだわって開発されたようです。ベース車輌のレガシィB4 RSK自体もスポーティモデルとして高性能な足回りを備えていましたが、リアサスペンションのピロボールリンク化やバネ長の変更を加えてさらなる走行性能の向上が図られました。ほかにも、スタビライザーにも専用品を使用するなど、細部にわたって徹底したチューニングが施されています。 STiの性能へのこだわりといえば、専用に用意されたブレーキが象徴的です。ブレーキの高性能化に伴ってベース車輌から流用できなくなったリアブレーキのバックプレートを、なんと1,000万円もかけて金型から製作しました。ブレーキ自体は、ブレンボ製の17インチローターに4ポッドキャリパー(フロント)を備え、ステンメッシュホースを採用しています。 プレミアム感あふれる内外装デザイン プレミアム路線への切り替えを感じさせるのが、インテリアとエクステリアデザインです。エクステリアでは、フロントバンパーやボンネットのエアインテークが性能向上を目的に大型化された一方、カスタムカーにありがちな派手なエアロなどの装備はありません。プレミアムカーとして、大人が乗るのに相応しい外観をSTiが目指した結果といえるでしょう。 インテリアでは、つや消しのトリムが全体の雰囲気をシックにまとめています。また、バケットシートには、運転席のみ8wayの電動調節機構を装備。スポーツ走行時の性能面だけでなく、快適性にも配慮して作られていることがわかります。 販売台数の少なさが希少性をより高めた レガシィS401 STiバージョンは、数多くの専用パーツや手組みのエンジンなどSTiらしいこだわりの仕様でしたが販売台数は伸びなかったようです。正確な販売台数は不明なものの、400台の限定に対して300台弱といわれています。 プレミアム路線への切り替えが、価格面も含めて当時のスバルファンには受け入れられなかったかもしれません。また、販売当時はリセール市場もあまり成熟しておらず、ベースのレガシィB4 RSKから約170万円も高い435万円という販売価格も少なからず影響していたと考えられます。 しかし、販売台数が伸び悩んだことが、結果的にレガシィS401 STiバージョンの希少性を高める要因になりました。大手中古車サイトでも掲載台数はほんのわずかで、入手が困難な状況が続いています。 流通台数の少ない車種を売却する際は、注意深く依頼先を決めましょう。あまり流通していない車種だと販売見込みを立てるのが難しいため、一般的な中古車買取業者では買取してもらえないケースもあります。 しかし、旧車を専門的に買取っている旧車王では、レガシィS401 STiバージョンのような希少車も買取可能です。

旧車ユーザーは三重苦に悩まされる?! 苦労を減らすためのポイントも解説
旧車の魅力と知識2023.10.27

旧車ユーザーは三重苦に悩まされる?! 苦労を減らすためのポイントも解説

「人とは違う車に乗れる」「現在の車にはないスタイリング」など多くの魅力が詰まった旧車。しかし、旧車を保有するには、現行車にはない特有の苦労もあります。旧車に乗る際は、魅力だけではなくリスクも十分検討することが重要です。 そこで、オーナーを悩ませる旧車所有の苦労を紹介します。少しでも苦労をなくすためのポイントも紹介しているため、これから旧車を購入予定の方はぜひ参考にしてみてください。 旧車乗りが必ず直面する三重苦 旧車オーナーが直面する問題は、税金を含めた維持費用の高騰です。一方で、そもそもパーツが入手できないという、お金では解決できない問題もあります。 まずは旧車の所有により直面する、3つの問題点を詳しくみていきましょう。 税金が高い 旧車に乗るうえでオーナーの直接的な負担になるのが、毎年かかる自動車税と車検ごとの自動車重量税です。自動車税は、新車登録から13年が経過すると15%程度(ガソリン車の場合)上昇します。自動車重量税に関しては13年経過のあと、さらに18年経過でも加算されるため注意が必要です。 また、明確に旧車に乗ろうと思っていない方でも、13年経過時点での重課は車の購入時に意識しておく必要があります。日本の自動車の平均保有期間は7年というデータもあり、購入時点で6年が経過していれば、普通に車を保有しているだけでも13年に達してしまうためです。 故障リスクが高い 旧車最大の問題は、故障リスクが高い点です。自動車の実際の耐用年数は一概にはいえないものの、目安として法定耐用年数を参考にすると、普通車でも6年とされています。新車登録から10年どころか20年以上が経過する旧車であれば、ゴムや革製パーツの劣化、ポンプやコンプレッサーといった稼動部の故障リスクは避けられません。 旧車に乗る際は日常的に小まめなメンテナンスを行い、故障箇所をできるだけ早く見つけることが重要です。また、一ヶ所を修理すると他の部品に負荷がかかり、連鎖的に故障するケースも少なくありません。旧車を所有する場合は、小さな違和感にも常に気を配るようにしましょう。 パーツが入手しにくくなる 旧車が故障した場合、パーツが入手しにくい点にも気をつけましょう。税金の高くなる13〜18年程度であれば、国産メーカーなら入手可能です。しかし、ゴルフ 5を始めとした欧州車などでは部品の廃盤も始まっている車種もあります。 ただし、国産メーカーでも生産終了から10年を目安としているほか、ディーラーオプションなどは車輌の生産終了とともにパーツの生産も打ち切られるケースもあるため注意が必要です。 故障の発生しやすくなる旧車だけに、パーツの入手性は事前に確認しておきましょう。 旧車に乗るなら特に注意したいポイント 旧車を保有する以上、三重苦を完全になくすことはできません。しかし、いくつかのポイントに注意すれば、苦労を軽減できます。せっかく入手した旧車をできるだけ長く維持するために、ぜひ参考にしてください。 旧車を維持するうえで気をつけたいポイントを3つ紹介します。 夏や冬といった温度変化の激しい季節 旧車で故障が発生しやすいのは、真夏や真冬といった温度変化の激しい季節です。特に真夏は、温暖化の進行によって新車販売時には想定していなかった気温になる日も少なくありません。 具体的に注意したいポイントは、温度変化に弱いゴムや革製のパーツの劣化です。例えば、2008年式のプジョー308SWでは、酷暑の影響でシフトノブが突然ポロポロと崩れ落ちたといった事例もあります。 また、ボディ塗装の劣化も、旧車を保有していると避けられない問題です。塗装は紫外線の影響で、時間経過とともに徐々に劣化していきます。特に夏場は紫外線が強いうえ、雨上がりの水滴がレンズの役目をして、太陽光線がボディを焼いてしまうこともあるようです。屋根付きのガレージや車全体を覆うカバー、日除けの装備など、できるだけ温度変化を抑えられる工夫をして保管しましょう。 さらに、酷暑による影響は劣化しやすいパーツだけではありません。エンジンの冷却系やエアコンのコンプレッサーなど、熱を逃がすための機器類に過剰に負荷がかかる恐れもあります。特にエアコンは、夏を迎える前に点検とメンテナンスを実施し、突然の故障に見舞われないよう注意しましょう。 比較的新しくても油断しない 旧車というと、極端に古いクルマをイメージしがちです。しかし、FD2型シビックタイプR 、Z33型フェアレディZ 、GRB型やGVB型インプレッサWRX STI、NC型ロードスター、ポルシェ911(Type99)など、現代的なイメージの強いクルマも製造から10年以上経過する旧車の域に入っています。 今は目立った劣化がなくても、ちょっとしたきっかけで故障に発展する恐れもあるため注意が必要です。日常的に点検をすることで、大きな故障への発展を防げる場合もあります。できるだけ軽微なうちに故障箇所に対応して、愛車をより長く健全な状態を保ちましょう。 重要なパーツは予備を保有しておく 旧車を保有する場合は、重要パーツの予備を準備しておくことをおすすめします。生産終了から一定の年数が経過するとパーツの生産が打ち切られるケースもあるほか、仮に生産されていても供給自体が絞られる可能性が高いためです。 例えば、1996年式のトヨタ AE111型カローラレビンのリアハブベアリングは、メーカーによる供給は続いているものの受注生産のため納品まで数ヶ月かかります。万が一故障した場合は、数ヶ月間クルマを動かせません。 旧車には「持病」と呼ばれる、特有の故障しやすい箇所が判明している車種もあります。修理する可能性の高い部品は、入手可能なタイミングで予備を用意しておきましょう。 三重苦があってもやはり旧車は魅力的 現代では考えられないスタイリングや設計思想など、旧車には多くの魅力があります。避けられない三重苦があってもなお旧車は人気を集める存在です。また、しっかりとメンテナンスされた旧車であれば、車種によっては資産としての価値も生まれます。 一方で、旧車の売買をする際は、一般的な中古車業者での取引はおすすめしません。購入時は当然、専門業者によるメンテナンスや車輌状態の説明が必要不可欠です。一方、売却時には、やむを得ない経年劣化も含めて、正しく査定してもらうことが重要になります。一般的な中古車店では、古いというだけで減額されるかもしれません。三重苦に耐えて維持してきた旧車なだけに、売却の際は正確な査定をしてもらえる専門業者に相談してください。

ディフェンダー90の魅力はスペックじゃない?! ランドローバーのロマンあふれる希少車を徹底紹介
旧車の魅力と知識2023.10.25

ディフェンダー90の魅力はスペックじゃない?! ランドローバーのロマンあふれる希少車を徹底紹介

イギリスに本拠を置く、ランドローバー社のディフェンダー90。特に初代モデルはヘビーデューティーのクロスカントリー車として、現在も多くのファンを魅了し続けています。 現代のSUVのような高い利便性やスペックを持ち合わせていないにも関わらず、なぜディフェンダー90が人を惹きつけるのでしょうか。ルーツをたどりながら、ディフェンダー90本来の魅力を徹底的に解説します。 伝統の外観を踏襲した初代ディフェンダー90 1990年に登場したディフェンダー90ですが、実は1983年に行われたランドローバーⅢのマイナーチェンジが事実上の初登場です。さらに、外観も含め硬派なオフロード車輌という面では、ローバー社最初のモデルがルーツともいえます。 まずは、ディフェンダー90の開発背景と、日本国内での人気ぶりを紹介します。 由緒正しいランドローバーシリーズがルーツ ディフェンダー90のルーツは、1948年に製造が始まったランドローバーシリーズです。1983年のマイナーチェンジによりランドローバー90/110と改称されたモデルが、直接的にディフェンダー90につながっています。最初のモデルを開発した当時のローバー社が、オフロードに特化したクルマとして「ランドローバー」と名付けました。 「ディフェンダー90」(110/130)の名称に変わったのは1990年。「ランドローバー ディスカバリー」という新モデルの登場に合わせて、混乱を避けるために命名されました。なお、数字の「90」はホイールベースのインチ表記を表しており、ランドローバー90が最も短いモデルです。 ちなみに、ディフェンダー90をはじめ、ランドローバーのアイデンティティとも呼べるアルミ製のボディは、意図して狙ったわけではなく時代背景によって生まれたという逸話が残っています。第二次世界大戦直後の1948年当時、戦争の影響で鉄が不足していた影響からアルミボディが採用されたそうです。 国内ファンが待ちわびた正規輸入の開始 ディフェンダー90の日本国内での正規販売は、登場から7年後の1997年です。限定輸入された500台は、わずか1年足らずで完売。いかに日本のファンが、ディフェンダー90の輸入を待ちわびていたかがわかります。なお、最初の輸入モデルは、左ハンドル車でトランスミッションはATのみでした。 翌年の1998年には、ランドローバー50周年記念の限定モデル450台が追加輸入されました。数百台単位と聞くと、それほど多く感じないかもしれません。しかし、日本国内では実用面での需要がほとんどない、オフロードに特化したクルマという点を考慮すると驚異的な数字です。 便利で高性能ではないのになぜか魅力のある初代ディフェンダー90 初代ディフェンダー90の販売は1990年〜2016年ですが、外観のルーツは1948年まで遡るなど、当時としても最新装備を身にまとったクルマとはいえません。しかし、ディフェンダー90のもつ魅力は、仕様やスペックだけでは語れない部分に詰まっています。 ここからは、ディフェンダー90の魅力を詳しく紐解いていきましょう。 英国の気品漂う外観 緑豊かなイギリスの大地に映える、初代ディフェンダー。オフロードカーらしいシンプルな直線基調のボディにリベット留めと無骨なデザインですが、どこかイギリスの気品が漂っています。 初代ディフェンダー90の外観は、最初のランドローバーが登場した1948年から受け継がれ続けたものです。ヘッドライト位置の変更などモデルによって異なる部分もありますが、大枠は踏襲しています。ディフェンダー90も2007年と2012年に二度のマイナーチェンジを実施しましたが、外観に関しては2016年の販売終了までほぼ手を加えられることはありませんでした。 ローバー社が「ランドローバー」を世に送り出したコンセプトを、初代ディフェンダー90は忠実に踏襲しています。1948年当時の空気感を感じられる点も、ディフェンダー90が人気の理由なのかもしれません。 特徴的なリアシートは一部から不評を買った ディフェンダー90のリアシートは、左右対面式のベンチシートです。対面になっているシートを折りたたむと広大なラゲッジスペースが生まれるため、ヘビーユースに適した形状として採用されたのでしょう。また、兵員輸送車のような硬派な雰囲気を醸し出すという点で、ディフェンダー90を特別なクルマに昇華させている一因です。 一方で、ファミリー層からは、乗り心地の悪さや乗降のしにくさから不評を買いました。リアシートの形状に我慢できず、ディフェンダー90を手放したという話も珍しくなかったようです。 高性能車ではないがロマンという言葉がしっくりくる ディフェンダー90は、今の基準でみると決して性能の高いクルマではありません。正規輸入されたモデルには、4LのV8ガソリンエンジンを搭載。スペックも最高出力182ps、最大トルク32.2kgmを絞り出すという、数字上は迫力のあるエンジンです。しかし、アルミ製の軽量ボディながら2tを超える車体を、俊敏なSUV車のように加速させるには力不足が否めません。 また、オフロード車としての堅牢性を実現するラダーフレームと、構造がシンプルな前後リジッドサスペンションは、お世辞にも乗り心地がよいとはいえず古臭さを感じます。 それでもなおディフェンダー90に魅了されるのは、終戦直後から脈々と受け継がれてきたランドローバーへのリスペクトとロマンなのかもしれません。 新型車が出てもなお人気の初代ディフェンダー90 ディフェンダー90は、2020年のモデルチェンジで2代目に移行しました。長年継承されてきた外観は一新され、課題だったパワーや装備面も克服し、現代に相応しい仕様で販売されています。しかし、新車かつ現行型が買えるにもかかわらず、初代ディフェンダー90の根強い人気は衰えません。 人気の高さは価格にも表れており、状態によっては当時の新車価格よりも高値で取引されるケースもあります。ただし、初代ディフェンダー90を中古車で売買する際は、必ず旧車専門業者に相談しましょう。1990年代のクルマとはいえ各部の設計が古いため、適切なメンテナンスがされていないと、購入しても故障に悩まされかねません。また、正規輸入車輌は台数限定だったため、現在では希少車です。希少車の買取に慣れた業者でないと、実際の価値を正しく査定してもらえない可能性があります。 ロマンのあるクルマが少なくなった現代だからこそ、ディフェンダー90は貴重な一台です。売却の際には、慎重に業者を選びましょう。

ランクル70のトゥループキャリアは隠れた人気車種?! 海外限定モデルの全貌に迫る
旧車の魅力と知識2023.10.20

ランクル70のトゥループキャリアは隠れた人気車種?! 海外限定モデルの全貌に迫る

高級SUV路線のモデルも発売されるなかで、硬派な出で立ちのヘビーデューティー仕様を貫くトヨタ 70系ランドクルーザー。通称「ランクル70」とも呼ばれるこのモデルは、販売終了後に再販されるなど、現在でも高い人気を誇っています。 数あるランクル70のモデルのなかでも、マニアを中心に注目を集めているのがオーストラリアや中東を中心に販売されている「トゥループキャリア」です。「トゥルーピー」という通称で呼ばれるほどファンが多く、日本国内では販売されていないものの、並行輸入で入手する人もいるほどの人気を誇ります。今回は、隠れた人気モデルであるランドクルーザー トゥループキャリアの魅力に迫ります。 国内販売終了後も世界で作り続けられたランクル70 ランドクルーザー70は、日本国内での販売が終了した後も、中東やオーストラリアといった需要の高い一部の地域で生産され続けています。しかも、ただ同モデルを生産するだけでなく、精力的な年次改良やバリエーションの追加までされるほどの人気車種です。 まずは現在のランドクルーザー70の事情について紹介します。 今もなお人気の70系ランドクルーザー 70系ランドクルーザーは、ロングライフだった40系の後を受ける形で1984年にリリースされました。ヘビーデューティー系と呼ばれる、ランドクルーザー本来のオフロードユースを想定したモデルで、高い走破性と耐久性から人気を集めます。2004年に日本国内での販売が終了するまで、わずかなマイナーチェンジのみで20年間も販売されました。 一方で、国内販売が終了した後も、オーストラリア向けを中心に70系ランドクルーザーは生産され続けます。日本国内でも2014年に限定で再販されましたが、2023年に再度の再販が決定したことも報じられました。 オーストラリアで販売されているトゥループキャリア ランドクルーザーは、用途に応じてさまざまなボディタイプが用意されています。「トゥループキャリア」は、「一団、軍隊」などを意味する英語の「troop」に由来し、人員を輸送することに特化したモデルです。 ロングタイプボディのリアシートは、前後ではなくボディ左右に対面式のシートが設置され、より多くの人員を輸送できるようになっています。 並行輸入という形で国内入手も可能 ランドクルーザー70は、日本国内では販売されていません。(新型車の国内再販は2023年に発表済)しかし、現在も販売の続くオーストラリアのモデルを、並行輸入品として取り扱う専門店もあります。 また、並行輸入モデルは、国内販売されていないエンジンが搭載されている点も大きな魅力です。現行型のトゥループキャリアは、最高出力205ps、最大トルク430Nmを発揮する4.5L V型8気筒のディーゼルターボエンジンを搭載。大柄なボディに見合ったビッグサイズエンジンは、国内販売車にはない迫力を感じさせてくれます。 ただし、公道で乗るためには、排気システムや架装を国内登録可能な仕様に変更する必要があるため注意しましょう。多くの場合は、取扱い業者で対応してくれます。 国内版では見られない個性的なランクル オーストラリアで販売されているトゥループキャリアは、国内のランドクルーザー70にはない個性的なモデルです。法令的な問題はあるものの、広大な自然のあるオーストラリアだからこそ生まれたモデルといえるでしょう。 今すぐにでもアウトドアに出かけたくなるランドクルーザー70 トゥループキャリアの魅力に迫ります。 横向き対面式に配置されたリアシート トゥループキャリア最大の魅力は、後席の対面式シートです。通常は前後に配置される座席が、通勤電車のようにボディサイドに沿って左右に配置され、多くの人々が乗車できます。約5.2mというロングボディということもあり、リア部分は広々としていて使い勝手も抜群です。 日本国内では新規の登録ができない影響から、新しく購入した場合は前席の3名乗車ですが、広大な荷室はアウトドアや車中泊といった場面で大活躍します。 質実剛健を地で行く力強いデザイン もともとヘビーデューティ仕様として開発されたランドクルーザー70は、車高、全高ともに高く、全体に直線基調の機能性を重視したデザインが採用されています。さらにトゥループキャリアは、車輌側面に後席のドアがありません。開口部が最小限のデザインは、ランドクルーザーの力強さをより強調しています。 後席の乗員は後部に設置された観音開きのドアから乗降するという、まさに兵員輸送車のようなデザイン。デザイン性はもちろん、実使用時の堅牢性という面でもランドクルーザー70のコンセプトを体現しています。 国内正規販売されていない希少車 トヨタ 70型ランドクルーザー トゥループキャリアは、国内で正規販売されていないだけに流通量の少ない希少車です。また、根強いファンからの人気が高く、状態次第では通常のランクル70の2倍近い価格がつくこともあります。 一方で、流通量の少ない車種は、どの中古車業者でも買取ってもらえるわけではありません。特にトゥループキャリアのように特殊な車輌の場合、取り扱いに慣れている業者でなければ正確に査定することさえ難しいでしょう。旧車や希少車の売却を検討する際は、取扱い経験が豊富な専門業者への相談がおすすめです。 例えば、多くの旧車や希少車を取り扱う旧車王では、今回紹介したトゥループキャリアを最近買取しました。高い専門性を持っているからこそ、大切に乗ってきた愛車に正しい査定額の提示が可能です。

世界初の2ローター市販車マツダ コスモスポーツは社運をかけて開発!? 誕生秘話と魅力を全力紹介
旧車の魅力と知識2023.10.18

世界初の2ローター市販車マツダ コスモスポーツは社運をかけて開発!? 誕生秘話と魅力を全力紹介

世界初の2ローターが搭載された市販車マツダ コスモスポーツ。流麗なボディデザインも含め、現在でも高い人気を誇るモデルです。しかし、量産車へのロータリーエンジンの搭載は、決して簡単ではありませんでした。 ロータリースポーツのルーツ、さらには日本の自動車開発力を世界に示したコスモスポーツの開発秘話と魅力をたっぷりと紹介します。 世界初の量産ロータリーエンジン搭載車コスモスポーツ コスモスポーツは、ロータリーエンジン搭載車として世界で初めて量産されたモデルです。「マツダの技術力のみならず、日本の自動車開発力を世界に示した功績は計り知れません。 ロータリーエンジンの開発を中心に、コスモスポーツの誕生背景を振り返ってみましょう。 会社の生き残りをかけたコスモスポーツの開発 1990年代後半まで製造・販売が続いたコスモシリーズですが、初代のコスモスポーツはマツダの社運をかけて開発されました。シリーズ初代のコスモスポーツが登場したのは1967年。1960年代に入り、国内自動車メーカーが競争の激化にさらされていたなかで、社長の松田恒次氏は「会社が生き残るためには独自の技術が必要だ」と考えます。そこで、「夢のエンジン」といわれながらも実用化できていなかったロータリーエンジンに白羽の矢を立てました。 実用化の目途がたった1964年、発売に先立ち東京モーターショーで、コスモスポーツはお披露目されます。技術的な問題から各社が実用化できずにいたロータリーエンジンの量産車の発表は、国内のみならず世界中に衝撃を与えました。 世界初の量産車への搭載に成功したマツダの高い技術力 ロータリーエンジンを初めて市販車に搭載したのは、実はマツダではありません。ドイツの自動車メーカーNSU社が、マツダのロータリーエンジンの元にもなった「バンケル・ロータリーエンジン」を既に市販車へ搭載していました。 しかし、ロータリーエンジンを量産車に搭載するには機構上避けられない大きな課題があったため、NSU社の市販車はわずかな生産台数に留まります。量産の大きな壁となっていたのは、アペックスシールと呼ばれるエンジン内の気密性を確保するための部品です。ローターの頂点に取り付けられたアペックスシールは、ハウジング内部を削ってしまうという決定的な欠点がありました。「悪魔の爪痕」とも呼ばれる傷によって、気密性が損なわれると同時にエンジンそのものの耐久性も落としてしまいます。 ロータリーエンジンの実用化に向けてマツダ開発陣は、アペックスシールの改善に心血を注ぎました。開発は困難を極めたようで、素材に馬や牛の骨を試したといった逸話まで残っています。ようやく解決策にたどりついたのは、社内からも「予算の無駄遣い」との声が聞かれ始めた1963年。1つのアイディアをきっかけに形状と素材に工夫を凝らし、実用化の目途を立てます。 2ローターは市販車としても世界初 コスモスポーツに搭載されたロータリーエンジンは、2つのローターを持つ世界初の多気筒ロータリーエンジンです。ドイツNSU社が世界で初めて市販車に搭載したロータリーエンジンは、シングルローター。2ローターエンジンの市販車への搭載は、「量産車」という条件をつけなくても正真正銘の世界初でした。 ゼロからロータリーエンジンの開発を始めたにも関わらず、初の市販車搭載モデルが2ローターというのは驚きです。マツダの技術力の高さと粘り強さが実現したといえるでしょう。 モデル初代なのに完成度の高かったコスモスポーツ コスモスポーツは、4世代にわたって製造されたコスモシリーズの初代モデルです。シリーズ化によって長年製造される車種は、後発モデルのほうが性能が高いため初代が注目されないケースも珍しくありません。 しかし、3ローターを搭載する4代目ユーノスコスモといった後発の高性能モデルと比較しても、コスモスポーツの存在感は別格です。初代から高い完成度を誇っていた、コスモスポーツの魅力を紹介します。 フロントミッドシップの高い運動性能 コスモスポーツのエンジンは、FR車輌としては理想的なフロントミッドシップに配置されています。初めて開発したエンジンにも関わらず、軽量コンパクトなロータリーエンジンの特徴を最大限活かす方法を、マツダ開発陣はしっかりと理解していたということでしょう。 また、コスモスポーツの最高速度は、なんと185km/h。高出力エンジンとはいえ、当時の最高出力がわずか110psだったことを考えると驚異的な数字です。最高速度はギア比さえ調整すれば、ある程度は高められます。しかし、市販車という点を考えると、車のポテンシャル以上に最高速度を上げるのは危険です。1tを切る軽量な車重と、フロントミッドシップによる安定性の高さにより実現した結果といえるでしょう。 独自の世界観をもつシャープなフォルム 世界初の2ローターエンジンという点を抜いても、コスモスポーツはクルマとして魅力的なモデルです。日本車離れした個性的なボディデザインは、多くのファンを魅了しました。当時の自動車で多く採用されていた直線基調のデザインとは一線を画し、コスモスポーツは随所に曲線を取り入れた流線型の美しいフォルムです。 全体に低く抑えられたスタイリングは、運動性能の高いスポーツカーらしさを最大限に演出。コンパクトなロータリーエンジン車だからこそ実現できたデザインといえるでしょう。現在でも「鼓動デザイン」という独自の世界観を展開するマツダですが、1960年代からすでに他メーカーとは異なるデザインを展開していたことがうかがえます。 スポーツモデルは初代コスモスポーツのみ コスモスポーツは、シリーズとして1996年まで生産されましたが、流線型デザインの純粋なスポーツモデルといえるのは、初代コスモスポーツのみです。しかも、1967年に登場し1972年までの約5年間しか生産されなかったため、現在ではあまり台数も残っていません。 加えて、クルマとしての魅力と希少性の高さから、コスモスポーツはかなり人気の高い車種です。中古車の購入を検討する際は、常に広くアンテナを張っておくとよいでしょう。 一方で、希少車の取扱いは、どの中古車業者でも簡単にできるわけではありません。専門の業者に依頼しないと、購入時も売却時も損をしてしまう可能性があります。良好な車輌や妥当な査定額で安心して取引するために、コスモスポーツの購入や売却をする際は旧車専門の業者に相談することをおすすめします。

プジョー 205GTI/CTIがホットハッチの名車に上り詰めた理由とは? 開発背景と独特の魅力を徹底考察
旧車の魅力と知識2023.10.11

プジョー 205GTI/CTIがホットハッチの名車に上り詰めた理由とは? 開発背景と独特の魅力を徹底考察

胸のすく軽快な走りと3ドアハッチバックという独特のスタイリングで、現在でも高い人気を誇るプジョー 205GTI/CTI。デザイン、性能ともに完成度が高く、ライバル車よりも後発ながら、ホットハッチの代表的な1台に挙げられるほどの地位を獲得しました。 発売から30年以上が経過しても、古さを感じさせないプジョー 205GTI/CTIの魅力をたっぷりと紹介します。 後発ながらホットハッチの名車となった プジョー 205GTI/CTIは今でこそホットハッチの名車の1台に数えられますが、同カテゴリーでの地位はライバルに遅れをとっていました。 プジョーのブランドそのものにも大きな影響を与えた、205GTI/CTIの開発背景を振り返ってみましょう。 ライバル車ゴルフ GTIを倒すために開発された205GTI 1984年に登場した205GTI/CTIは、実は1970年代に発売されたゴルフ GTIをベンチマークとして開発されました。なお、「CTI」はカブリオレモデルで、GTIと基本性能は同一ながら、フルオープンの開放感を味わえるモデルです。 「GTI」というグレード名も含めてホットハッチの元祖ともいわれるゴルフ GTIは、1976年の初代発売から欧州で絶大な支持を集めていました。当時のプジョーは、ルノーやシトロエンに比べるとマイナーな存在だったこともあり、「打倒・ゴルフ GTI」を至上命題にGTIを投入します。 プジョーのホットハッチへのこだわりはボディバリエーションにも現れており、205のメインモデルに位置づけられたGTIでは5ドアをラインナップから排除。3ドアハッチバックのみの発売という、徹底した「打倒・ゴルフ GTI」戦略をとりました。 プジョーを世界ブランドに押し上げた1台 205GTI/CTIの発売は、プジョーのブランドイメージを世界レベルに押し上げました。高性能モデルという普及モデルではないグレードにも関わらず、GTIの販売台数は30万台を記録。GTIが205全体の人気をけん引し、世界での販売台数はシリーズ累計で527万台にも達しました。 軽量ボディによる高い走行性能だけではなく、ゴルフ GTIにはないプジョー独特の内外装の高いデザイン性も評価されました。1970年代に発売されたゴルフ GTIに対して、1980年代に開発された点も先進性という意味で有利に働いたのかもしれません。 WRCで示した高い実力 ライバル車に対して後発だったプジョーは、デザイン性だけではなく高い性能をアピールする必要もありました。そこで、「205」の名を冠したモデルでのWRC(世界ラリー選手権)勝利を目指します。結果的にプジョーは世界ラリーチャンピオンの称号を手に入れ、高い性能と信頼を世界にアピールすることに成功しました。 WRCに投入された車輌は、205GTIとほぼ同じ外観をもつ「205ターボ16」。ただし、構造や性能は205GTIとは全くの別物で、レース参戦のためにわずか200台だけ生産されたモデルです。 現在でも205GTI/CTIが人気の理由 欧州のコンパクトカーで、旧車として人気を維持し続けている車種はあまり多くありません。しかし、205GTI/CTIは日本への輸入がホットハッチブームと重なった影響もあり、現在でも高い人気を保っています。 205GTI/CTIが人気の理由を探ってみましょう。 ライバルを意識して進化したエンジン 205GTIに搭載されたエンジンは、1.6Lで最高出力105psを発生させます。3ドアで軽量に作られた車体を考えると、当時としては十分な性能でした。しかし、205GTIの発売翌年である1985年に、同じフランスの自動車メーカールノーが1.4Lながらターボを備えて115psを発生する「ルノースーパー5GTターボ」を開発。プジョーは、メーカーとして国内のライバルであるルノーの性能アップにすぐさま反応します。 ルノーのエンジン開発の翌年、205GTIのオプションとして「205 GTI 1.6 115」を追加します。吸排気システムをアップグレードした専用エンジンで対抗しました。 さらに、同年には「205 GTI 1.9」をリリースし、ライバルとのさらなる差別化を図ります。新たに開発された1.9Lエンジンは、最大出力130ps、最大トルク161Nmを発生。重量わずか910kgと1tを切る車重と相まって、最強のホットハッチといえる走りを楽しめるようになりました。 プジョーらしい高いデザイン性 205GTIをさらに魅力的なクルマに押し上げているのは、プジョーらしい内外装の高いデザイン性です。1970年代の開発ということもあり、直線的で無骨なイメージのライバル車ゴルフ GTIに対して、ボンネットの先端部やリアハッチの後端、ボディラインへ適度に曲線を取り入れたおしゃれなデザインは、フランスの自動車メーカーならではの特徴といえるでしょう。 さらにインテリアも秀逸で、スポーティな印象を与える洗練されたダッシュボードは、エアコン吹き出し口やコントロールパネルといった各部が統一感のあるレイアウトで配置されており、現代でも古さを感じさせません。 また、コンパクトカーでありながら、ヘッドクリアランスと足元のスペースがしっかりと確保されるなど、居住性の高さも205GTIがホットハッチとして優れている点です。ホールド性の高いバケットシートも含めて、ロングドライブの疲労を軽減してくれます。 GTIの楽しさをそのままに開放感を味わえるCTI カブリオレモデルの205CTIは、エンジンをアップグレードした1986年に登場しました。高性能車のオープンモデルでは、ボディ剛性の低下といった理由から性能面を犠牲にするケースも少なくありません。しかし、205CTIは、オープンであること以外はほぼ205GTIと同仕様で発売されました。 ボディ剛性の観点でロールバーは追加されているものの、内外装ともに205GTIを踏襲しています。軽快な走りに開放感も加わった205CTIは、205の魅力を最大限に引き出したモデルといえるでしょう。 古さを感じさせない旧車だけに高い人気を維持 プジョー 205GTI/CTIは、洗練された内装や当時としてはワイドに設計されたボディデザインから、現在でもあまり古さを感じません。旧車でありながら普段使いしても全く違和感がないため、旧車ファンのみならず一般の人にまで幅広い層から支持されています。 また、シリーズとしては500万台以上が販売された205ですが、GTI/CTIに限ると生産台数は世界で30万台。発売年からの経過年数が増えるごとに希少性も高まりつつあります。 ただし、いかに見た目が現代的でも、30年以上前の旧車であることは事実です。中古車を購入する際は、しっかりと整備された個体を探しましょう。売却する際は、205GTI/CTIの人気を理解している専門業者への相談をおすすめします。年式や走行距離などの情報だけで査定するような業者に依頼すると、実際の価値よりも低く見積もられてしまうかもしれません。旧車の真の価値を把握している、古いクルマに強い買取業者を選びましょう。

軍用車キューベルワーゲンはあのビートル?! フォルクスワーゲンの名車が図った生き残り戦略
旧車の魅力と知識2023.09.22

軍用車キューベルワーゲンはあのビートル?! フォルクスワーゲンの名車が図った生き残り戦略

第2次世界大戦中にドイツ軍が使用した軍用車、キューベルワーゲン。かわいらしいフォルムから「ビートル」と呼ばれた、フォルクスワーゲン タイプ1をベースに開発されたモデルです。後にポルシェの創業者となる博士が手掛けたことでも知られています。 時代に翻弄されつつも、高い技術と確固たる信念で開発されたキューベルワーゲンについて、フォルクスワーゲン社やタイプ1の歴史とともに振り返ってみましょう。 数奇な運命をたどった名車「ビートル」 国民のための乗用車として、量産化を目指して開発されたタイプ1。今でこそ「ビートル」の愛称で知られる世界的な人気車ですが、第二次世界大戦中は、軍用車として活躍していた時期もありました。 数奇な運命をたどった名車ビートル。ビートル(=タイプ1)を生み出したドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンが設立されたきっかけと、タイプ1をベースに作られた軍用車「キューベルワーゲン」の誕生秘話を紹介します。 ヒトラーによる国策企業として始まったフォルクスワーゲン フォルクスワーゲンは、「ドイツ国民車準備会社」として1937年にドイツのヴォルフスブルクで設立されました。当時の首相アドルフ・ヒトラーが、全国民に自動車を普及する目的で立ち上げたのが始まりです。 フォルクスワーゲンの設立から遡ること4年、1933年のベルリンモーターショーで演壇に立ったヒトラーは、「我々は今こそ【国民のための車】を持つべきである!」という演説で国民車構想を披露。自動車の開発には、後にポルシェを設立するフェルディナント・ポルシェ博士を任命し、大衆車の開発を加速させました。 厳しい条件をクリアして誕生した「歓喜力行団の車」ビートル 国民車の開発は、フォルクスワーゲン社設立前の1934年から始まりました。なお、開発にあたっては、5つの条件が開発担当のポルシェ博士につきつけられます。「大人2名、子ども2名の定員」「空冷式エンジン」「7Lで100km以上の走行」「時速100km/h以上の達成」「価格は1,000ドイツマルク以下」と、当時の小型車の水準としてはいずれもかなり厳しい条件でした。 しかし、開発着手からわずか2年後の1936年、ポルシェ博士はついにプロトタイプの「VW3」を完成させます。すべての条件をクリアし、5万kmのテスト走行を経て開発を次の段階に進めました。 続く1937年にはプロトタイプ「VW30」(後に「VW60」に改変)を完成させました。30台が生産され、延べ240万km以上に及ぶテスト走行が行われます。起こりうる運転ミスの想定や耐久性など、200名ものナチス親衛隊を動員して徹底的にテストされました。 そして完成したのが、後のタイプ1、プロトタイプの最終形「VW38」です。VW38の完成度の高さに満足したヒトラーは、この車に「KdF-Wagen(歓喜力行団の車)」と命名。「KdF 」は「Kraft durch Freude」の略で、国民に余暇活動を推進した組織名として使用されていて、まさに国民車を象徴する名称として名付けられました。 「年間100万台を作れる工場」という号令で生産体制も整えられ、いよいよ量産に踏み切ろうとした1939年、ドイツはポーランドに侵攻します。第二次世界大戦の火ぶたが落とされたことで、VW38の生産はストップしました。「歓喜力行団の車」は、戦場へ送られる軍用車に姿を変えることになります。 軍用車として登場したキューベルワーゲン 「キューベルワーゲン」は、タイプ1をベースに開発された軍用車両です。量産間近だったVW38をベースに、Type62といった試作車を経て最終的にType82と呼ばれるモデルが量産車として正式採用されました。駆動方式はリアにエンジンを搭載するRRを採用し、車体底部にドライブシャフトなどが通らないシンプルな作りになっています。 「バケットシート自動車」を意味するキューベルワーゲンという愛称の通り、ベンチシートが一般的だった当時としては珍しく独立したバケットシートを備えていました。また、4名がしっかり座れるサイズでありながら、わずか725kgと軽量だった点は湿地などで高い走破性を求められる軍用車として使い勝手のよいポイントです。 軽量なアルミ製エンジン、RRレイアウトやセミモノコックフレームの採用など、キューベルワーゲンの基本構造にはタイプ1の開発で得たノウハウが随所にいかされていました。 戦後も愛され続けるキューベルワーゲン 軍事目的のためだけに作られたキューベルワーゲンは、終戦とともに姿を消します。しかし、戦後にデザイン性や機能性の高さから人気が高まり、レプリカモデルも製造されました。 戦後も愛され続けるキューベルワーゲンの魅力と、現代に蘇ったレプリカモデルについてみていきましょう。 キューベルワーゲンは世界初のSUV キューベルワーゲンはシンプルな箱型デザインながら、多くの点で現在のSUVに通じる部分があります。軍用車としての性能を追求した結果、当時としては完成度の高い車輌に仕上がっていることが現在の人気にもつながっているのでしょう。 キューベルワーゲンの堅牢性以外に目を移すと、高い居住性と多様性が印象的です。前列は左右独立したバケットシートで、後席もベンチシートで十分な座先を確保。乗降性のよい4ドアを装備していた点も含めて、乗用車としてみても高い居住性だったことがわかります。 さらに驚くべきことに、リアシートの背面は可倒式で、シート自体も蝶ネジで外せるなど多彩なシートアレンジも実現していました。広いトランクルームまでつなげると、負傷兵を寝かせて収容することや2名で野営といった使い方もできます。 「悪路走破性」「乗員の居住性」「多彩なシートアレンジ」という言葉だけを並べると、まるで現代の最新SUVのカタログのようです。 人気の高さからレプリカも製造された キューベルワーゲンには、現代の技術で製作されたレプリカモデルが存在しています。カナダの自動車メーカー、インターメカニカ製の「IM-TYP82」です。キューベルワーゲンのモデル番号を想起させる名称で販売されたレプリカは、外観ではオリジナルと見分けがつかないほど精巧に作られています。 一方で、各部は現代の道路事情に合わせて改良され、排ガス規制や日本の保安基準にも適合するなどオリジナルよりも扱いやすく作られている点も大きな特徴です。また、エンジンは新品のフォルクスワーゲン製空冷水平対向4気筒エンジンを搭載しています。 さらに特筆すべきは、オリジナルよりも足回りなどが強化されているにもかかわらず、車重はわずか750kgに抑えられている点です。 ただし、残念ながらインターメカニカ社は廃業したため、現在は新車でIM-TYP82を購入できません。 キューベルワーゲンは生産台数5万2,000台の希少車種 世界初の量産軍用車として生産されたキューベルワーゲンですが、大戦末期には空襲などで工場の稼働が落ち、最終的にはわずか5万2,000台しか生産されませんでした。軍用車という特殊な用途ではありますが、アメリカ軍のジープが36万台生産されたことを考えるとかなり少ない数字です。 中古車を購入する際は、海外も含めて専門業者を中心に根気強く探しましょう。また、レプリカモデルも視野に入れると、多少選択肢が広くなるかもしれません。 一方で、キューベルワーゲンのような特殊な車輌は、手放したくても買取ってくれる業者が少ないのが実情です。旧車王では、1953年式ウィリスM38A1の買取実績があるなど、軍用車のような特殊な車輌も買取っています。売却をご検討の際には、ぜひご相談ください。

スバルの代名詞「水平対向エンジン」は理想的?! メリットとデメリットを徹底解説
旧車の魅力と知識2023.09.22

スバルの代名詞「水平対向エンジン」は理想的?! メリットとデメリットを徹底解説

シリンダーの動きがパンチを打ち合うボクサーの様子に似ていることから、「ボクサーエンジン」とも呼ばれる水平対向エンジン。高性能を誇るスバルの代名詞ともいえるエンジンで、現在でもなお新型車に搭載されています。 一方で、実はデメリットも多く開発が難しいために、量産車に水平対向エンジンを搭載しているのはスバルを含めて世界にたった2社しかありません。 水平対向エンジンの特性や開発の難しさについて、わかりやすく紹介します。 水平対向エンジンは理想的なスポーツエンジン 低重心で低振動、しかもコンパクトに設計できる水平対向エンジンは、運動性能を求めるスポーツカーにとっては理想的なエンジンです。 水平対向エンジンはどういった点で優れているのかを詳しく解説します。 物理特性に優れた水平対向エンジン 水平対向エンジンの最大のメリットは、エンジンの振動が理論上少ない点です。左右対称に配置されたピストンは対になっており、互いの振動を打ち消す方向に動きます。エンジンの振動は乗り心地を悪化させるだけでなく、コーナリング時の微妙なハンドリングにも影響するため、スポーツ走行をするうえでは重要なポイントです。 また、水平対向エンジンはコンパクトな設計が可能で、車自体を低重心化できます。シリンダーを横に寝かせるため、直列エンジンのようにストローク長分の高さが必要ありません。車輌のパーツ単体としては最も重いエンジンを、より低い位置に搭載することで安定性と運動性能が向上します。 さらに、シリンダーを左右互い違いに配置するため、エンジンの前後方向がコンパクトになり、スポーツカーにおいては大変有利にはたらきます。重量物であるエンジンは、できるだけ車体の中央に寄せて搭載したほうが運動性能が向上します。前後方向のサイズの小さい水平対向エンジンなら、直列エンジンよりも理想的な配置に近いレイアウトが可能です。 量産車に採用するのは世界で2社 水平対向エンジンといえば、スバルのイメージが強い方も多いでしょう。しかし、世界では、もう1社量産車に水平対向エンジンを搭載している自動車メーカーがあります。ドイツの老舗高級スポーツカーメーカー、ポルシェです。しかも、水平対向エンジンは、ポルシェが実質的な元祖といわれています。 リアエンジンという独特のレイアウトを採用するポルシェにとって、コンパクトに設計できる水平対向エンジンは不可欠でした。エンジンを後部に搭載することで、後輪のトラクションが得やすくなる一方、重心が高くなると走行安定性に悪影響をおよぼすためです。また、スペースの限られる車体後部に収めるという意味でも、水平対向エンジンはポルシェにとって理想的なエンジンでした。 実は万能ではない水平対向エンジン 性能面ではメリットばかりの水平対向エンジンですが、世界でも2社しか量産していないことには理由があります。最も大きな理由は、製造コストが高いことです。また、エンジン全体で見るとコンパクトではあるものの、横幅がサイズ面での足かせになり、どんな車種でも搭載できるわけではありません。 メリットが大きい反面、開発の難しい水平対向エンジンのデメリットについて解説します。 部品点数が多くコストが高い 水平対向エンジン最大のデメリットは、直列エンジンに比べて部品点数が多いことです。まず単純に、シリンダーヘッド、左右それぞれに部品を用意する必要があります。当然部品数が2倍になるため、開発が困難なうえコストの増加は避けられません。 車の開発は車格によって程度の差こそあれ、コストとのせめぎ合いです。いくら性能面で有利でも、搭載できる車種はおのずと限られてしまいます。 横幅の問題で搭載できる車種が限られる 低重心、コンパクトに設計できる水平対向エンジンですが、実は幅が直列エンジンよりも大きくなってしまいます。シリンダーとヘッド部分が左右それぞれに設置されているためです。 水平対向エンジンを搭載するには十分な車幅の確保が必要なため、回転半径の小さなコンパクトカーなどには向きません。また、排気ガスをマフラーへと流すエキゾーストマニホールドの取り回しや補機類の設置など、設計上さまざまな制約が伴います。 低速トルクと燃費面が弱点 水平対向エンジンは、低速トルクと燃費面で開発上の制約があります。低速トルクの発揮には不利なショートストロークのうえ、燃費面においてデメリットの大きいビッグボアという形状を取らざるを得ないためです。 横幅の制約から、水平対向エンジンのシリンダー長(ストローク)は、直列エンジンやV型エンジンに比べて短く設計する必要があります。また、ショートストローク化によって減少する排気量をシリンダー直径(ボア)で補う必要があり、結果的にショートストローク・ビッグボアという高回転型エンジンになってしまうのです。 世界でも貴重な水平対向エンジン搭載車 スバルの高い技術力を世界に示す水平対向エンジン。高出力で低重心という理想的な性能を誇る一方、コストや設計上の制約も多いのが実情です。高コストを吸収できる高級車メーカーのポルシェはともかく、スバルは一般的な価格で購入できる車種に水平対向エンジンを搭載しています。 しかも、初代GC型インプレッサ WRX STiでは、5ナンバーサイズという制約もあるなかで、ハイスペックのEJ20型エンジンを搭載していました。また、レガシィB4といった純粋なスポーツカーではないモデルにも、水平対向エンジンを展開しています。最近では、ピュアスポーツとしてトヨタと共同開発したBRZに、FA20型水平対向エンジンが採用されました。 スバルの水平対向エンジンには根強いファンも多く、低年式車でも一定の人気があります。もし水平対向エンジン搭載車を売却するのであれば、エンジンの歴史や価値までしっかりと見極められる業者に依頼するのがベストでしょう。

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